近田春夫 下井草秀:構成◆調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝 …………“舞台袖”から見た業界のエピソード、ゴシップ満載
一体何が正しいんだって思うよね。でも、例えばの話、原則としてお酒は身体によくないじゃん。でも、お酒を飲めば、ストレスを発散することができる。その場合に応じて、どっちを取るかってことだと思うんだよね。
人間、生きてることそのものが身体に悪いわけ。
まさに、「調子悪くてあたりまえ」なんだよ。
統計は例外の集合体って言うぐらいだから、つくづく、細かいことは気にしないで生きることが肝腎なんだと思うね。
◆調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝 /下井草秀:構成/2021.02/リトルモア
近田春夫、1951年生まれ。この人の職業は? ミュージシャン、作曲家、音楽評論家、タレント、プロデューサー、……。おびただしく人名が出てくる。さまざまな仕事にチャレンジし、多くの知友を得、その交遊という財産を生かしつくした半生。
自ら本書の“読みどころ”を語っている。
――私というものを通じて、この国の音楽/芸能のシーンを“袖で見る”醍珊味を味わうことが出来る。〔…〕袖とは、舞台の脇のことを指す“符牒”で、この場所に立ち入ることは関係者にしか許されない、要するに特権である。〔…〕
その“VIP席”に陣取ることを無類の喜びとして、生きてきたと思う。(あとがき)
音楽の世界に生きながら、子どものことから日本の歌が好きになれなかったという。
――日本の歌というのは、結局どこまでいってもまず言葉ありきなのよ。和歌や短歌のことを歌と呼ぶことからも分かるじゃない。そこに節がついて、肉声の魅力が加わる。あくまでも言葉と声を味わうためのものなんだ。
だけど、音楽とは本来、もっと数学的、抽象的な魅力を持ったもの。言い方を変えれば、理屈っぽいものだよね。〔…〕
煎じ詰めれば、譜面ってこと。音楽における譜面は、建築における設計図と一緒。俺は、フィジカルな歌や演奏よりも、数学的に表すことができるロジカルな部分において性能を高める行為に惹かれていたんだ。 (本書)
エピソード満載の本書だが、当方好みのゴシップを3つ。
その1。
「週刊文春」に長期連載の「考えるヒット」は、かつて同誌の記事「芸能界の小林秀雄・近田春夫『ラブホテルと歌謡曲が日本のナウな美意識である』」。この見出しから着想を得て、小林秀雄代表作の一つ「考えるヒント」をヒントに生まれたという。
その2。
久世光彦演出のTBS『ムー一族』(1978~9年)に近田はドラマ初出演した。
――「ムー一族」の打ち上げでは事件が起きた。希林さんが行ったスピーチの中で、久世さんの不倫について暴露しちゃったのよ。「久世光彦たる者が役者に手をつけるなんて本当に最低だ」ってさ。
久世さんは、妻子がありながら、このドラマに出ていた若い女優とデキちゃってたんだ。それが、足袋屋の向かいの傘と履物の店の娘を演じたのぐちともこという女の子。撮影中に妊娠しちゃって、番組後半には、視聴者が見てもお腹が大きいのが分かるほどだった。打ち上げの段階では妊娠8 久世さんは不祥事の責任を取らされてTBSを辞めちゃったんだ。そして、奥さんと離婚してのぐちさんと再婚した。
当方は久世光彦のエッセイ『マイ・ラスト・ソング』などのファンで、また死去後、久世朋子『テコちゃんの時間』も愛読した。
その3。
――癌から生還した俺が最初に取り組んだのは、手のひらの生命線を延ばすことだった。〔…〕暇さえあれば、親指と小指を近づけて皺を作るように心がけたんだ。なかなか難しいんだけどね。努力の甲斐あって、また延びてきた気がするよ。俺、このままだと300歳ぐらいまで生きちゃうんじゃないかな。