05/ビジネスという甘きもの

2016.12.21

青山文平■かけおちる

20161221

 

 その暗い川から、鮭が跳ねる音だけが届く。

 鮭はまだまだ上がっている。遠い海から山を目指している。

 飛沫の立つ音を耳にしながら、それにしても……と重秀は思う。

 

 自分はなにも見えていない。己の目で見ている気になっているが、実は見ているつもりで終わっているのだ。

 あるいは見たいものだけを見て、見たくないものには目を向けようとしない。

 そうでなければ三度も、近くに居る者が欠け落ちたりはしない。

 

 ■かけおちる|青山文平|文藝春秋|20126|ISBN9784163814308 |

  「かけおちる」は、「欠け落ちる」、「駆け落ち」である。欠け落ちた二人が逃げ続ける限り夫は追跡せざるをえない。すなわち妻仇(めがたき)討ちである。

  柳原藩5万石の執政阿部重秀は、鶴瀬村の名主中山藤兵衛、裕福な農家の出で幼少時から本草学に優れた森田啓吾の協力を得て、殖産振興に努めている。当面は、鶴瀬川を改修し、鮎の産卵場を設け、鮎の流通を図ること。そして3人は、本草書、農書、蘭書を中心に柳原文庫を創設し、身分のいかんにかかわらず、そして広く国外にも開放しようと準備している。

  阿部重秀59歳。家老、中老に次ぐ要職にあるが、50を過ぎるまで郡役所に籍を置く農政の実務家であり、門閥の出ではない。苦労と努力の人である重秀は、啓吾に言う。

  ――「なにかを成そうとする者にとって、人の一生は短すぎる。ときは大事に使わなければならん」〔…〕「独りで学問を発展させるのは難しい。良き師と良き学友は、よけいな回り道をせぬためにある。俊英たちと説を闘わせることで、無駄なく速やかに己の進むべき道が絞られるのだ」(本書)

  娘理津の婿阿部長英は、中西派一刀流の指南免状をもつ番方(武官)だが、現在は義父重秀の要請で江戸詰めの慣れぬ役方(文官)で、養蚕など興産の策を担当する。「雪を冠った鋭い頂きのよう」な清冽な男である。

  娘理津は言う。

  ――「父上のようにご自身でどうにも居場所を築いていける方から手を差し延べられても、わたくしのような者は安心してその手を握り返すことができません。〔…〕。わたくしの掌が温もりを、湿り気を感じるのは、同じように居場所を見つけられずにいる手です」

  ――「父上は言葉が説く世に生き、わたくしたちは言葉で説けぬ世に棲み暮らしております。わたくしたちは言葉よりも、息づかいを聴きます。わたくしたちを満たしている血の音を聴きます。もしも、その境目が見えていらしたら、旦那様を役方に、それも興産掛にされることはなかったと存じます」(本書)

  阿部重秀。自分にできたことは他人もできると思う努力の人にして、限りなくやさしすぎる男。その男の悲劇にして、妻や娘や婿の“覚悟”の物語である。

 

 青山文平つまをめとらば

 青山文平鬼はもとより 

 青山文平白樫の樹の下で

 青山文平■伊賀の残光

 青山文平■励み場 

 青山文平■約定

青山文平■半席

 

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2016.12.17

青山文平■励み場

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 昌泰はすっと話を切り替える。

 「普請役の笹森信郎は、話を鵜呑みにしないで、自分ので考えるというもっぱらの評判だ。いちいちきっちりしていて使えるから、こっちの手間が省けて楽ができるとな」

「さよう、ですか」

 「言っておくが、どいつを使うかを決めるのは、畢竟、そこだぞ。

 仕事ができる、できない、ではない。こっちが、楽ができるかだ。仕事なん、できて当り前だ。

  最後の決め手は、使うこっちの荷が軽くなるかどうかしかない。

 たとえ仕事ができたって、面倒な奴で、よけいな荷を増やしてくれたら、なんにもならん」

 

 励み|青山文平|角川春樹事務所|201698|ISBN: 9784758412926|

 上掲の昌泰とは、下勘定所勘定の青木昌泰。普請役の笹森信郎の上司。四十そこそこの働き盛り。実務の力は折り紙つきで、上からも下からも身分を越えて頼りにされる。その気になったときの押しの強さは相当なもの。

  本書は、“名子”がテーマである。名子とは……。

  戦国の世を経て、大名になれなかった領主たちは、大名の家臣となって城下町へ移り住み、自分の領地をあきらめるか、それとも、武家の身分よりも領地をとって、百姓になるか、を迫られる。

 その領地をとって土着した昔の領主が今の名主であり、その家臣が名子。百姓はしているものの使用人ではなく、元武士であり家臣である。

  だが、自分の才覚や意志で動ける小作や作男とちがい、名子は百姓の長の命により農作をするだけという最下層の存在になってしまっている。

  主人公笹森信郎は、幕府代官所の書き役、平手代、元締め手代と上り詰め、土地の人間の敬意を一身に集める。が、名子の信郎にとって“そこは励み場ではない”のだ。そして勘定所普請役の御役目を得て江戸へ出る。武家となるために。

 ――生まれついた家筋がすべて、という幕府の職制のなかで、力さえあれば上が開けている仕事場が勘定所だ。実際、御目見以下の御家人が、以上の旗本に身上がる目があるのは、勘定所をおいてない。しかも、信郎の普請役のように、武家以外の身分が、武家となる階段も用意されている。ひいては、百姓・町人が旗本になる路が開かれているということだ。(本書)

 そこで出会ったのが上掲の青木昌泰。エリートであり、出世頭。こんな発言もある。

 ――「それで、元締め手代まで上り詰めたのは見上げたものだ。おぬし、己の力には相当の自負があるだろう。しかしな、縁戚の力は大きいぞ。〔…〕縁戚でまとまってこそ武家なのであって、独りの武家など武家ではない。しがらみで、がんじがらめになって初めて武家なのだ」

 この励み場はな、励むだけでなんとかなるような安穏な場処ではないのだ」(本書)

 昌泰は“閥”の効用を説く。いや実態を説明する。昌泰は本筋に関係ない“脇役”だが、こういう上司の元で働きたいと思ういさぎよい人物である。

 本書の惹句にある「仕事とは何か」「人生とは何か」「家族とは何か」を深く問う書き下ろし時代長篇は、ここからが本番である。

 

 青山文平つまをめとらば

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 青山文平白樫の樹の下で

 青山文平■伊賀の残光

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2016.12.01

清武英利■プライベートバンカー――カネ守りと新富裕層

20161201

 

 シンガポールのプライベートバンクの中には、相続税逃れで移住しようという資産家に警告するところも出てきた。外資系のバンカーが言う。

 「相続対策のために妻と子供でシンガポールに移住したい、という金持ちが来るんです。

  そういう方に私は『我慢できませんよと言います。オフショアブームに乗るのはいいが、

税金ゼロのために人生後半の貴重5年間を何もしないで毎日ぼーっとしていられるんですかと。

  国税庁が5年ルールを7年、いや10年ルールに改正してしまうリスクもある」

 咲子はこう思っていた。

――富裕層の人々はカウントダウンを待っているでも、5年経ったら晴れて日本に帰れるのだろうか国税庁がそれを黙って認めるのか、見ものだな。

 

 プライベートバンカー――カネ守りと新富裕|清武 英利 |講談社| 20167|ISBN: 9784062201995|◎おすすめ

 富裕層の資金を集め、運用するプライベートバンカー。「カネの傭兵」「マネーの執事」ともいわれる。

 本書の主人公は、野村證券のトップセールスマンからシンガポール銀行(BOS)ジャパンデスクへ。顧客の資産残高を増やせば、預かり資産の1%近い報酬を得る。顧客が儲かれば、バンカーも潤う。

 さらに主人公は、UBIキャピタルシンガポールへ転職。そこは究極の富裕層コンシェルジュ。英語を話せない日本人の富裕者一族に金融から保険、税務まですべての面倒をみるゲートキーパー(門番)。

 本書はシンガポールを舞台に、辣腕バンカーと富裕層の逃税術をめぐるノンフィクション。

  シンガポール政府が金融立国を宣言し、2004年には、新たな投資家勧誘プログラムが始ま

  ――2千万シンガポールドル以上の資産を持つ外国人が、その資産の半分を5年以上、シンガポールで維持することを条件に永住権を取得できるようになった。相続税もキャピタルゲイン課税もないオフショアに住む権利を、カネで買える時代が到来し、日本人富裕層もなだれ込んだ。

  ――IT長者に代表される彼らは利に敏く、動きが早いのです。かつてのシンガポールはタックスヘイブン(租税回避地)の代名詞で、いかにも税逃れを助ける国のように言われたこともありますが、今ではオフショア(課税優遇地)と評価されています。(本書)

  そこには巨大企業の元経営者など「イグジット(exit)組」、IT長者などの「ニューマネー組」が集まる。一代で財を成した不動産業者や土地持ち一族、パチンコ業者、病院経、飲食店チェーンやレストランのオーナー、女優、デザイナー……。

 ――(日本の税法の)大きな抜け穴が、通称「5年ルール」である。簡単に言えば、被相続人(親)と相続人(子)がともに5年を超えて日本の非居住者であるときは、日本国内の財産にしか課税されないのだ。〔…〕

 問題は、「日本の非居住者」という定義である。日本の税法には「非居住者」の明文規定がなく、一般には「一年の半分以上を海外で暮らせば、日本に住んでいないこと(非居住)の証明になる」と解釈されている(本書)

 シンガポールは人口540万人の小さな国である。三度、行ったことがある。

 最初は70年代の終わりだが、観光地といえばタイガーバームガーデンと蘭園くらいだったが、オーチャードロードは2階建てのプラナカン建築が多く残り、美しい“南国”だった。日本占領時記念碑が目立っていた。

 だが行くたびに、歴史の厚みのないミュージアムに失望したり、マーライオンが大きくなっただけで、空がなくなり、息苦しい街になっていた。

 いまシンガポールは、「国民総背番号制」が外国人にも適用され、言論や集会の自由が認められていないという。それは観光客にとってはどうでもいいが、とにかくいつ行っても暑い。本書によれば、「四季はないが、三つの季節はある。hot(暑い季節)、hotter(もっと暑い季節)hottest(暑すぎる季節)」。

  さて、東南アジアに移住する日本人といえば、低所得者層がノンフィクションの定番であった。だが本書は、富裕層。共通するのは、時間が有り余って何もすることがないこと。カネにはまったく縁のない当方は、100億円のノルマと戦うバンカーよりも、シャングリ・ラホテル併設の家賃月200万円サービスアパートメントに一人で住み、「5年はここで頑張らないといかん。相続は大変だよ」という、おそらく老人性色素斑の顔をもつ老人の孤独を思った。

清武英利■しんがり――山一證券最後の12人

清武英利▼巨魁

水谷竹秀▼日本を捨てた男たち――フィリピンに生きる「困窮邦人」

瀬川正仁■ 老いて男はアジアをめざす――熟年日本人男性タイ・カンボジア移住事情

浜なつ子★マニラ行き――男たちの片道切符

下川裕治■ 日本を降りる若者たち

下川裕治◎「生き場」を探す日本人

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2015.12.26

岩瀬達哉★ドキュメント パナソニック人事抗争史/立石泰則★パナソニック・ショック

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 森下〔社長〕は
MCAの売却に踏み切る。MCAをマネジメントすることもできず、MCAを利用した新しいビジネスを始めるなどの事業戦略も持たない以上は、もはや手放すしかなかった。〔…〕MCAの買収は失敗だったのである。

――立石泰則『パナソニック・ショック』

*

MCAの買収は、その膨大なソフトに魅力を感じたからですわ。映像ライブラリーだけでなく、音楽著作権などソフトの宝庫やからね。ところが、森下〔社長〕には、その事業の奥深さが理解できなかった。〔…〕その辺のセンスがないから、苦労して買ったものを叩き売ってしまった」

――岩瀬達哉『ドキュメント パナソニック人事抗争史』



★ドキュメント パナソニック人事抗争史│岩瀬達哉
│講談社│ISBN9784062194709201504月│評価=○│★パナソニック・ショック│立石泰則│文藝春秋│ISBN9784163759609201302月│評価=

*

 ノンフィクション作家の立石泰則と岩瀬達哉は、共に松下・パナソニックという企業の長年にわたるウオッチャーである。立石泰則には、『復讐する神話 松下幸之助の昭和史』(1988)など、同じく岩瀬達哉には『血族の王―松下幸之助とナショナルの世紀』(2011)などの著書がある。

 ここにとりあげる『ドキュメント パナソニック人事抗争史』(以下「岩瀬本」)と、立石『パナソニック・ショック』(2013)(以下「立石本」)は、とともに“歴代社長勤務評定本”である。この岩瀬本と立石本のもっとも違うところは、アメリカのMCAの買収と売却問題の評価である。売却したことを、岩瀬本は否とし、立石本は是とする。


  MCAとは、アメリカの娯楽企業だが、MCAレコードやユニバーサル映画を傘下に持つ総合メディア企業となり、現在はメディア・コングロマリットのNBCユニバーサルの一部となっている。

創業者松下幸之助が死去した翌年1990年、第4代谷井昭雄社長時代に、このMCAを買収し、わずか5年後の1995年第5代森下洋一社長時代に売却した。

松下といえば、創業家と経営者との軋轢がつねにマイナス・イメージとして流布されてきた。ちなみに5代社長以降は松下幸之助から直接薫陶を受けたことがない社長である。

 MCAの購入は、当時の円換算で約7,800億円、日本企業による海外企業の買収金額としては当時、史上最高額であった。立石本によれば、その決断は社長の谷井ではなく、会長の松下正治が下したもの。「その決断に際して、後ろを振り返ってみれば、誰もいないのです。誰もいてくれないのです。まことに身の引き締まる思いがしました」(立石本)

 しかしMCAの買収は失敗だった、と立石本はいう。「コンテンツ・ビジネスにはまったくの素人に過ぎないし、取り組むための人材も不足していた。さらに言うなら、MCAを買収して何がしたいのか、何が出来るのか、それを踏まえたビジョンが必要だが、当時の松下電器には準備されていたとは言い難い」。

森下社長はMCAの売却に踏み切る。松下会長の経営責任を問うこともなく。森下はさらに松下の長男を副社長に昇任させる。

 他方、岩瀬本は、MCAの買収は谷井社長が決断したものとして、こう書く……。

 
――会長として、創業家の代表として、松下電器を預かる立場の正治にとってみれば、いわば蚊帳の外に置かれたも同然の形で進行した
MCAの買収は、谷井の身勝手な行動であり、出過ぎた経営と映るようになる。〔…〕

もともとが、買収に面白くない思いを抱いていただけに、正治は、しばしば辛辣な発言で、本心の不同意をアピールした。「(MCAを)買うのはいいが、その金を銀行に預けておけば、年間600億円の利子が手にできる」といった具合に。


岩瀬本は、米国の大学や研究機関のデータベースにアクセス、松下とMCAに関する英文資料から交渉の内幕を明らかにする。たとえば、大阪のUSJというテーマパークが活況を呈しているが、森下社長は「小さな投資ながら、大きなリターンを生むビジネス」を「容赦なく蹴っ飛ばしてしまった」などと。


森下社長時代の経営を「戦略なき失速の時代」と酷評した元営業担当副社長で、森下の上司でもあった佐久間昇二。

MCAを生かせば、MCAを中核として世界のソフト、特にアメリカのそれに深くかかわることができた。惜しかったですね。あれを失ったのは実に惜しかった」

 
 立石本、岩瀬本とも松下、パナソニックの歴代社長
8人のうち森下社長をワースト1とする。森下は、創業家の“窓口役”として社長に選ばれ、やがてMCAをふくむ前社長路線を全否定した。加えて学閥をつくり、後継者の芽を摘み、「聞いていない」「わからん」を連発し、ついには“社内失業率1割”という惨状となった。

 
 当方が仕事で松下の拠点である大阪ツインタワーを訪れたとき、入れ代わり立ち代わり名刺交換をした松下社員の数にあきれ、松下は“大企業病”だと感じたのは、この
5代森下時代だった。

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2015.10.21

田崎健太★真説・長州力 1951―2015

20151022

「旨い酒でも楽しい酒でも、いつか底が見えますよ」

「底が見えるとは?」

ぼくは訊き返した。

「人間はみんな永遠に酒を飲めると思っているんでしょうね。やっぱり勢いがいいときは、どんな仕事の世界でも旨い酒を飲めます。

でも、いつまでも旨い酒は飲めない。だんだん透明になって底が見えてきた」

そして「ああ、ぼくは底が見えていますね」と小さく頷いた。

「だから缶珈琲で割ってしまおうかと」

長州は泡盛を珈琲で割った、黒い液体が入ったグラスを上げた。

★真説・長州力 19512015│田崎健太│集英社インターナショナル│ISBN9784797672862201507月│評価=◎おすすめ│幼馴染から大物レスラーまで多くの証言で迫る「人間・長州力」

 

  当方にとってプロレス本といえば、門茂男→村松友視→井上義啓→柳澤健という流れだった。しかしプロレスが演劇に似ているとはいえ、どれも著者が作った知的遊戯の舞台を見物している観があった。

ところが本書は、マニアには突っ込み不足で不満が残るかもしれないが、長州力という人物とその時代のプロレスの興亡を描いた正統派ノンフィクションであり、一級品である。

 長州力のマットを一度だけ見たことがある。1980年代、維新軍を率いて馬場の全日本に参戦していた頃で、ラリアットを放ち、サソリ固めでフィニュシュ。地方の試合であったとはいえ輝くカリスマだった。上掲の「旨い酒」を飲んだ時期は、この頃からこのあと新日本に復帰、坂口のあとの現場監督(マッチメーク担当)の頃だろう。

 「マッチメークは作家や脚本家、映画監督の仕事とよく似ている。物語、作品を最良のものとするためには、登場人物とは距離を置き、ときに冷酷にならなければならない」(本書)。生涯頭が上がらなかった猪木の「理屈や論理の埒外」のある行動に翻弄されたり、この秘密裏の現場監督とマットに上がる選手の二本立ての時期に長州は自信を深め、のちの独立につながるのだろう。

プロレスの興亡といっても「所詮レスラーというのは個人事業主の集まり」(保永昇男)であり、「今いる組織を辞めたとしでも、狭い世界のどこかへ行くしかない。その中で生き延びていかなくてはならないから、彼らは情報が早い。特殊な、独特な処世術のようなものがある気がする」(杉田豊久)ので、昨日の友は今日の敵、離合集散が激しい。選手報酬と事務所経営、つまりはカネの世界でもある。

   2000年代前半に格闘技ブームが起こり、レスラーが色褪せプロレスか壊滅寸前になる。

「格闘技(ブーム)というのは長く持たないとぼくは思っていましたしね。(総合格闘技は)瞬間だけのビジネスで、将来的なものを(どう)構築していくか、ぼくには見えなかった」(本書)

 そして格闘技ブームが去り、今またプロレスが注目されているが、当方には“肉体の曲芸”にしか見えない。なお念のため記すが、本書の取材を拒否したのは、アントニオ猪木、マサ斎藤、佐々木健介の3名である。

 それにしても著者の『球童――伊良部秀輝伝』でも「プロのアスリートたちの人生第2章はほんとうに難しい」という印象を持ったが、本書でも長州のこんな発言。

「普段、何をなさっていますかと訊かれるのが一番つらいです。テレビを見て、誰かから電話があったら、ちょこっと飲みに行く。それだけですよ」。

長州、1951年生まれである。

 

田崎健太■球童 伊良部秀輝伝 

 
 

田崎健太▼偶然完全――勝新太郎伝

 

 

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2011.09.26

佐野真一◎されど彼らが人生──新忘れられた日本人3

20110926

*

私は矢野にインタビューを申し込んでいた。するとすぐに矢野のほうから電話がかかってきた。矢野はその電話で、広島弁を丸出しにして、くよくよ、うじうじと、いつまでも言いつづけた。

「頼みますから、ダイエーの中内(功)さんのようにえぐらんといてください。解剖せんといてください。うちの会社はいまがピークで、あとは落ちる一方なんですから。

センセイにえぐられたら、会社はいっぺんで倒産です。〔…〕」

この哀訴を聞いて、私は矢野という男がいっぺんで気に入った。それでこそ「えぐりがい」がある人物というものではないか。

そう思って建物の入り口の方に目をやると、私の名前が入った真っ赤な垂れ幕と、やはり私の名前を染め抜いた歓迎の幟が国技館風にはためいている!

泣き落としの出迎えも初めてなら、垂れ幕と幟で熱烈歓迎されたのも初めてである。

──「百円ショップ『ザ・ダイソー』社長・矢野博文」

◎されど彼らが人生──新忘れられた日本人3│佐野真一│毎日新聞社│ISBN9784620320649201106月│評価=○

<キャッチコピー>

首相候補ナンバーワンだった男の悲劇、ホームレスハウスをつくった元ヤクザ…有名無名を問わず50の人生に鮮烈なスポットライトを照らすノンフィクション版“人生劇場”。

<memo>

「発想の転換にうならされる商品もある。たとえば百円の国語辞典である。国語辞典で「山」や「海」をひくバカはいない。そこに着目し、日常語だけ集めたのが、コロンブスの卵だった。」(本書)

佐野真一◆新忘れられた日本人

佐野真一●畸人巡礼怪人礼讃 ――新忘れられた日本人2

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