07/老人たちの賛歌

2021.01.28

勝目梓◆落葉の記                 …………“百科全書”的に老人の日々のできごとを記録する日記小説の傑作

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 いつからか自分の心の奥底には、得体の知れないぼんやりとした虚ろな気持ちが巣くっていた。それが自分ではっきりわかっていた。


 それは77歳になったいまも消滅してはいない。

 そいつの正体がなんとはない虚無感や、うっすらとした厭世観だということがわかったのは、40前後になったあたりだったと思う。

 要するに生来の気質がネガティヴ一辺倒の人間だということだ。思えばこれまで、何かに熱中したり、躍起になったりしたことがほとんどない。俳句も途中で熱が冷めた。人から見ればつまらない人間に思えるだろうが、そういう質なのだから仕方がないではないか。

――「落葉日記」

◆落葉の記 勝目梓 2020.10 /文藝春秋


 勝目梓(1932~2020)。87歳の作家は心筋梗塞で亡くる前日までこの小説を書いていた。絶筆となった長篇「落葉日記」(2015.12~2020.06、同人誌「スぺッキヲ」に連載)と7つの短篇を収めた最後の作品集。エロチシズムにみちたバイオレンス小説などが300冊を超える流行作家だが、晩年『老醜の記』など私小説を書いた。

「落葉日記」は、“自分”が克明に綴った日記である。相澤昇一――元保険会社のサラリーマン。72歳から77歳までの日々。妻・伸子と二人暮らし。家族に長男・裕樹(シンガポールに赴任中)と長女・真由子(夫・木崎章夫とのちに離婚。娘・佳奈子がいる)。

 定年後は、ウォーキングと1日10句をノルマとした俳句の日々である。
ときに老人ホームの建設出資者勧誘という詐欺事件に巻き込まれたり、コンビニで万引きをする少女を救ったり、テレビや新聞を見て政治と政治家の劣化と機能不全を嘆いたり、ときどき料理を担当し豚レバー唐揚げや揚げ豆腐と野菜のあえもののレシピを詳細に記したりという日々が綴られる。

・病気
「前立腺がん」を患っているが、手術など積極的な治療を断っている。

 ――加齢による肉体の老いと衰えを自然のこととして受け入れて、格別の病苦をやわらげること以上の積極的な医療は謝絶し、生命の摂理に従って死を迎えたい、と考えているだけなのだ。 (本書)

また、両脚の大動脈に大きな閉塞があり、放置すれは足から壊死が進むという「下肢大動脈閉塞症」も。

 ――体は元気なのに歩行が困難で、やがては脚を切断することになるという事態は、やはりゾッとした。 (本書)

・会社OB会
 久々にスーツを着て外出するのは、会社の元管理職だけのOB会。リタイアしても、「無意識のうちにかつての序列の影響力に支配されている」。この1年に病没者4名、病気療養中7名という幹事の報告。
 元上司の八木さんと部下3名の二次会。奥さんが心筋梗塞で死去した八木さんの愚痴と悲嘆の独演会。

 ――自分ひとりの力で手に入れた人生の満足が実は女房の献身と忍耐に支えられていたのだということに、76歳になってからはじめて気がついた。〔…〕昼日中でも薄暗がりに包まれている気がする。 (本書)

・近所の人
 近所の谷口さんが亡くなった。自殺。大手の広告会社を定年退職して、クラシック音楽と映画を楽しむ悠々自適の優雅な日々のように、外からは見えていた。谷口さんは両脚の大動脈の閉塞を手術して、歩くのか幸いとかで、中年の女の人が押す車椅子に乗っていた。その女性が同棲中の愛人だったということは、後でわかった。その谷口さんがウツ病になり、そのために愛人にもうとまれで独り暮らしとなった揚句の自殺だ。

 ――老境が人生の決算期なのだとしたら、谷口さんはどんなツケを背負って自殺にまで追い込まれる破目になったのだろうか。 (本書)

・俳句
 1日10句をノルマとする俳句作り、あわせて句集など俳句関連書を多読する。膨大な数の自作の俳句が収録されており、自作の反省文も併記されている。

 ――これと思える作はない。ノルマとして無理矢理ひねり出した句は、自分にも無理矢理の作と映るから虚しい気持ちが残る。

 ――われながら駄句ばかりと思うものの、これが目下は精一杯。虚仮も一心というではないか。継続は力なりだ。

 ――ひねりの工夫がない。軽みのセンスがない。惜辞がもたらす余情、余白の興趣がない。何かを解き放てばいいのかもしれないと思うのだが、その何かがわからない。手探りの逆行だが、その手探りが楽しいのだから、どうせ独り遊び、止める気にはなれない。 (本書)

 膨大な数の俳句が記録されているが、当方の好みで“老境”の句を10選。 

冬ざれや昼間にともす読書灯
三寒が四温とならぬ長湯かな
春昼や憂さなき人らこの指とまれ
七十路なにか疎まん春の宵
点滴の落つるを眺む日永かな


朧なる記憶もつれて定まらず
来し方も黴を生みゆく老爺かな
秋しぐれ散歩の犬も傘の中
秋鯖や雑念を肴の独り酒
冬深し表札の文字うすれおり

 ちなみに勝目梓には46人の俳人論『俳句の森を散歩する』(2004)がある。また蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」をモチーフにした短篇ミステリー「死の肖像」があり、蕪村のこの句の解釈の大幅な変更を迫られる。(齋藤慎爾編『俳句殺人事件 巻頭句の女』光文社文庫所収)

・妻の死
 ――自分と伸子に残されていることは、あとはそれぞれの死という大仕事だけだ。生老病死。この先に自分たちがどんな病気になってどんな最期を迎えるのか、おたがいに予測のしようはない。いずれにしろ、死は大仕事と思われる。 (本書)

 ところが妻の突然の交通事故死が襲う。「享年71の、あまりにも呆気がなさすぎる不慮の死」、その後日記は100日余り途絶える。

 ――〇月〇日(薄曇り)
朝食をすませ、新聞を読んでから墓参りに行ってきた。仏壇の伸子にコーヒーを供えたときに、春の彼岸の墓参りに行っていないことを突然思い出したのだ。伸子が催促してきたのかもしれない。

 ――ふと思い立ってはじめた回想記が止められなくなった。独り暮らしの暇つぶしにちょうどいい。先のことを考えようにも、そこにはそう遠くないはずの死のことしかないのだし、それについてはいずれじっくり考えるつもりなので、思いは来し方にしか向かうところがない。(本書)

 その後、「なんとはない虚無感や、うっすらとした厭世観だ」という上掲の一節を書き、
本書末尾に「――絶筆」とある。

 死の前日まで書かれていた『落葉日記』は、高齢夫婦そして一人暮らしの日常のすべてを網羅し、わかりやすい日記体の文章で書かれている。これは時代の暮らしを記録する老人文学の傑作かも。

 

 

 

 

 

 

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2020.12.19

07/老人たちの賛歌◆T版2020年…………◎早川さくら・早川一光の「こんなはずじゃなかった」◎三浦耕喜・わけあり記者の両親ダブル介護◎石原慎太郎・死者との対話◎内館牧子・すぐ死ぬんだから

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07/老人たちの賛歌

早川さくら★早川一光の「こんなはずじゃなかった」――わらじ医者からの最期のメッセージ―― /2020.02 /ミネルヴァ書房

 

寝たきりになった僕は、毎日何していると思?

「しんどーい」

「さみしーい」

これを連発しているんや。

家族はうるさいと思ってるやろなあ。〔…〕

「たとえ体が寝たきりになっても、心まで寝たきりにならないようにしてください」

僕が、講演でよく話していた言葉です。

「そんなことできるか。やれるならやってみい」

今僕は、昔の自分に向かって怒鳴っている。

同時に、ややもすると「心の寝たきり」になりそうな自分が、情けなくなってしょうがない。そこが悲しい。

 

*

早川一光(1924~2018)

 京都の堀川病院の院長、理事長として住民主体の地域医療を進め、美山診療所所長として「わらじ医者」と慕われた。「わらじ医者 京日記 ボケを看つめて」(1979)など著書多数。KBS京都ラジオで30年にわたり「早川一光のばんざい人間」のパーソナリティー。

 

「畳の上の養生は極楽」と在宅療養を唱えた。

――「早川はん、死なはったんやて」

「あれ、このあいだまであんなに元気やったのに」

と、皆さんに言われるかもしれません。

 と語っていた早川医師が、3年半も“畳の上の養生”をしていた。

胸椎の圧迫骨折

多発性骨髄腫

夜間せん妄

ポートという点的針の受け口を埋め込む手術

 

あの早川医師が!

あの早川医師の家族が!

と思う“こんなはずじゃなかった”晩年である。

 

「私たち人間が死を目前にして、最後に出会う恐怖、孤独、寂蓼。これも人の真理。そう思い、書き続けました」と著者。

 これこそ早川医師の“真実”の贈り物であろう。

 

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07/老人たちの賛歌 

三浦耕喜★わけあり記者の両親ダブル介護 /2020.01/春陽堂書店

 

 本書の目的は、まとめてしまえば、こういうことを訴えることです。

「介護をする側の苦労や辛さは、

介護をされる側が歩んできた人生について関心を持つことにより、

ある程度、場合によっては相当程度、軽減される」

 

三浦耕喜(1970~)中日新聞生活部記者。

  2006~09年までベルリン特派員を経て政治部に帰任。報道の最前線で活躍するも、過労でウツとなり5カ月間休職。

 復帰後、政治部から生活部へ異動した頃、老老介護を担っていた母が認知症を発症。遠距離介護が始まる。両親の介護を理由に転属を申し出て、14年に岐阜支社デスク、15年に名古屋本社生活部に異動。

 その1年後には、自身が難病「パーキンソン病」の診断を受けた。

 

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07/老人たちの賛歌

石原慎太郎★死者との対話 /2020.05/文藝春秋

 

 この私が死期の迫ったこの齢で今抱えている折り合いのつかなさへの、恐れなどでは決してない、

ただのいまいましいほどの焦慮など、

私の死んだ後他の誰にもわかりはしまい。

 それを抱きながら薄い氷の上を歩むような恐れとも焦りともつかぬこのはかなさは一体何に対する代償なのだろうか。それでも死線を超えた私はその上をおそるおそる歩いては行くが。

――「死線を超えて」

*

 老いと近づく死を見つめた7篇。上掲は「これは私の一生を通じて唯一の私小説だ」と書きだしている「「死線を超えて」。

 著者が政治家の中で唯一畏敬する賀屋輿宣の言葉をしばしば引用している(たぶん同じ場面だと思うが)が、ここでも……。

――「今しきりに考えているのは死ぬと言うことですな。死ぬと言うのはいかにもつまらない、死ねば自分で自分のことを忘れてしまい、私の死を悼んでくれた誰もが私のことを忘れてしまうのだからね」

 ちなみに以前『わが人生の時の会話』での賀屋輿宣は……。

「つまり、なんですな、長あい暗あいトンネルを、前後左右、誰もいない中を一人っきりで切りなく歩いていく、そんな感じがしますね、これはどうも退屈でやりきれんもんでしょうね」〔略〕

「みんながもう私のことを忘れてしまっている頃にもまだ一人でそのトンネルを歩いていって、それでその内には自分で自分のことを忘れてしまって、それで人間という奴は消滅してしまう。ま、そういうことなんですな」

 

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07/老人たちの賛歌

内館牧子★すぐ死ぬんだから /2018.08/講談社

 

 年を取れば、誰だって退化する。

鈍くなる。緩くなる。

くどくなる。

愚痴になる。

淋しがる。

同情を引きだがる。

ケチになる。

どうせ「すぐ死ぬんだから」となる。〔…〕

60代に入ったら、男も女も絶対に実年齢に見られてはならない。

そのくせ、「好奇心が強くて生涯現役だ」と言いたがる。

身なりにかまわなくなる。

なのに「若い」と言われたがる。

孫自慢に、病気自慢に、元気自慢。

これが世の爺サン、婆サンの現実だ。

この現実を少しでも遠ざける気合いと努力が、いい年の取り方につながる。間違いない。

そう思っている私は、今年七十八歳になった。

六十代に入ったら、男も女も絶対に実年齢に見られてはならない。

 

 

 

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2020.11.25

樋口恵子/上野千鶴子★人生のやめどき――しがらみを捨ててこれからを楽しむ      …………未練たっぷりに、この世を去りたい

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  母親と確執のあった娘なんかは、そうやって人が変わった母親を見てやっと和解ができたと思ったりするし、反対に

 自分を抑えて生きてきた母が認知症になって天衣無縫にふるまうようになるのを見た娘が、

お母さんの晩年にこういう時間があって本当によかったと思うこともあるそうです。

 こういう話を聞くと、ボケるのも悪くないなあと思ったりもするんですよ。――上野

 

樋口恵子/上野千鶴子★人生のやめどき――しがらみを捨ててこれからを楽しむ 2020.09/マガジンハウス



 1932年生まれの樋口恵子と1948年生まれの上野千鶴子との対談集。

 家族のやめどき(親・妻・介護等)人間関係のやめどき(クラス会・会葬等)社会のやめどき(仕事・趣味・断捨離等)自立のやめどき(料理・おひとりさま投)人生のやめどき(自分・終活等)など、人生の荷物をひとつずつ下ろすことを語り合う。

 ――未練たっぷりに、この世を去りたいと思ってますよ(樋口)


 ――素晴らしいじやないですか。妻からもおり、母からもおり、自分からもおり… 。(上野)

 

 

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2020.10.11

斎藤美奈子★中古典のすすめ     …………1960~90年代ベストセラーのうち「恍惚の人」は古典となり得るか

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「恍惚の人」とは、今日でいう認知症(当時の用語では「老人性痴呆症」)のこと。「恍惚」は爆発的な流行語となり、本書も爆発的に売れて、この年の年間ベストセラー第1位に輝いた。文庫で400ページを超す長編小説。

  半世紀近く前の本だけれども、思ったほど古びた感じはしない。


読み物としてのおもしろさに加え、「わかるわかる」な話題が満載なのだ。

 本書が果たした社会的な役割は、「誰も知らなかった事実」を知らせたことではなく「ほんとはみんな知っていたけど公には語られなかった事実」を明るみに出したことだろう。この本で、とまれ認知症ははじめて、国民的な関心事として認知されたのである。

――「高齢化社会の入口で  有吉佐和子『恍惚の人』」

 

★中古典のすすめ /斎藤美奈子 /2020.09 /紀伊国屋書店


 

 中古典(ちゅうこてん)とは、著者の造語。なんとも下手な造語だが、「古典未満の中途半端に古いベストセラーを指す」という。

 1960~90年代のベストセラーを再読し、古典となりうるかを品定めしようとする。なぜベストセラーからかというと、話題にもならずに消えた本が古典になる可能性は低い。その時々にヒットしたり注目を集めたりした本は、すべて古典候補である、と。

 小説、エッセイ、ノンフィクション、評論など、著者が選んだ48冊。年代順にたどっていくと、「お決まりのジャンル」があるという。若者たちの生態を映す青春小説、「自立の時代」の女性エッセイ、反省モードから生まれた社会派ノンフィクション、懲りずに湧いてくる日本人論。

 数えてみたら当方は、48冊中26冊を読んでいる。そんなにベストセラーが好きだったか。1冊だけ取り上げる。

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 上掲の有吉佐和子『恍惚の人』(1972)は、数多く読んだ“老人の惚け”を扱った小説、エッセイのなかで、佐江衆一『黄落』(1995)とともに、忘れられない傑作の双璧である。


 当時わが国では「寝たきり老人」対策が急務で、「痴呆性老人」は行政の話題にも上らなかったと思う。それだけに初めて小説に登場した失禁する、徘徊する老人が驚きだった。

 健康診断を受けた医師に「立派な健康体です」と言われる。
 ――耄碌は病気ではないのかと問いかけてみると、医者は言葉を濁すという感じで、とにかく内科の診断では健康に異常はないのですと最後は切口上のようになった。 (同書)

 あるいは所在不明で探し回ったとき、若い警官は、
 ――どうしてそんな年寄りが、発作的に家を出て、青梅街道をか疾風のように歩けるのか理解ができないようだった。くどくどと説明したり、早く見付けるように哀願したりするのも、根本のところで分らないから、応対の言葉に困っている。 (同書)

 だから著者が言う「ほんとはみんな知っていたけど公には語られなかった事実」を明るみに出した作品、ではないだろう。ところで“恍惚”という言葉だが、『日本外史』にある三好長慶の「老いて病み恍惚として人を知らず」から採ったという。恍惚という言葉に当時、円地文子が反応した(以前書いたものをコピーする)。

 ――有吉佐和子さんの『恍惚の人』が戦後第一のベストセラーになって、日本中に読者層がひろがって行く間に、作者が脳軟化症の老人の瞳の色を形容した恍惚という言葉がいつの間にか、形容詞から名詞に変化し、慣用語になってしまった。  (「小説の題名」円地文子)

 だが当時、円地は、「コオコツ」は、恐らく、常用語として定着せず、いつの間にかほかの言葉に置き換えられるのではないかと思う、とも書いている。さすがに作家は鋭い。「恍惚の人」は「呆け老人」、「痴呆症」となりいまは「認知症」と呼ばれている。

 なお、当方があげた佐江衆一『黄落』は、高齢の父と母を描いたものだが、あれはほんとうに恐わかった。“究極のホラー小説”だと、当方は正視せず逃げた。

 本書は、“無謀にも” 名作度(いまも再読にたえるか)、使える度(読んでおもしろいか、響くか)というランク付きである。お遊びはともかく、ベストセラー再読の功罪を知る1冊である。

 

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2016.12.19

青山文平■半席

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「若えうちはまだ先があるし、世の中見えもいねえから、ま、ひとまず堪えておくかってんで、我慢も利く。けどな、年寄りはそうじゃねえ。我慢を重ねて、いい目を見たやつはその先も我慢できるかもしれねえが、そんなのは、ま、ほんのひと握りだろう」〔…〕

 「あらかたの年寄りは、我慢のしがいを感じてなんぞいるめえ。たっぷりと世間を見てきて、ならぬ堪忍をしたところで、結果はどうってこともねえのが骨身に染みている。

 おまけに、先は短けえってことで、なんで我慢をしなきゃなんねえのか、逆に分からなくなっちまうんだ。

 齢を喰うほどに、堪忍する歯止めが消えてゆく。で、若えうちは軽く我慢できたことでも、簡単に弾ける。

ひょっとしたら、それで命盗られるんなら、それはそれで手間が省ける、くれえに踏んでいるのかもしんねえ

 ―「夢を喰う」

■ 半席|青山文平|新潮社|20165|ISBN: 9784103342335|

 『約定』(2014)所収の「半席」が再録されている。その「半席」がシリーズ化されての6篇の連作短編集である。半席とは、……。御家人だった家が旗本の家となるためには、当主が二度、御目見以上の御役目を拝命しなければならない。二度、拝命しない限り一代御目見の半席となる。このため実績を残して旗本へ駆け上がろうとする。

 その半席、徒目付片岡直人は、上司の組頭内藤雅之から“爺殺し(じじいごろし)”と揶揄され、たいていは年寄りの科人(とがにん)に真相を問い糾す“頼まれ御用”を振られる。

 この連作の特徴の一つは、老人たちの登場である。白傘会という80歳以上でまだ御公儀の御役目に就いている旗本たちの集まりがある。そこで藤九郎87歳が庄右衛門87歳に突然斬りかかるという事件が起こる。団塊の世代が後期高齢者になる時代を先取りしてか、青山文平の作品には70~90代の高齢者が頻出する。むかし好々爺、いま切れ爺。当方も思い当たる節がある。

  ――「近頃は年寄りが危ないねえ」

 すっと出された爛徳利を手酌で傾けて、雅之がつづけた。

「齢喰ったら、人は丸くなるってのは、ありやあ外(はず)してるぜ」(「夢を喰う」)

  もう一つの特徴は、「事件の“なぜ”を解き明かす」ことに主眼があることだ。かつて松本清張の社会派推理小説が全盛だったころ、テーマは“犯行の動機”だった。ところが近年実際に起こる事件は“動機不明”が多い。警察も、犯人確保、証拠収集で手一杯で、動機の究明まで至らない。もっとも被害者と面識もなく、恨みもない猟奇的事件も多い。

 だがこの連作では、犯行の理由探しがテーマであり、その意外性が読みどころである。しかし……。

  ――人は複雑な理由では動けぬものだ。一行で書き尽くされる理由でのみ、人は動く。(「夢を喰う」)

  もう一つ、特徴があった。片岡直人が組頭内藤雅之と落ち合うのは、神田多町の居酒屋、七五屋。店主の喜助は、毎日釣りに出る口実に居酒屋を始めた、と言われるほどの釣り好きで、自分で釣り上げた獲物だけを客に振る舞う。その出てくる料理が楽しみ。なにしろ「旨いいもんを喰やあ、人間知らずに笑顔になる」が客の内藤雅之の口癖である。

 青山文平つまをめとらば

 青山文平鬼はもとより 

 青山文平白樫の樹の下で

 青山文平■伊賀の残光

 青山文平■励み場 

 青山文平■約定

 

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2016.12.16

青山文平■伊賀の残光

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女は己の足を休める止まり木一本あればどこでも生きていけるが、

男は、その止まり木を縦に繋ぎ、横に繋ぎ、大層な足場をこさえてからでないと、安心して足を着けられぬものらしい。

 その足場を上れば嬉々とし、下ればしゅんとする。足場そのものが壊れれば、己も壊れかねない。止まり木一本で十分な女と比べれば、随分とひ弱な生き物なのかもしれん」

■伊賀の残光|青山文平|新潮社|文庫版201510ISBN: 9784101200910/原題:流水浮木-最後の太刀|新潮社|20136|

  山岡晋平62歳。かつての伊賀同心は170年後の安永の世、勤めは大手三之門の門番、302人扶持。あり余る時間をサツキの苗木の栽培に充てている。

  小林勘兵衛、横尾太一、川井佐吉、9年前に逝った中森源三。かつての餓鬼大将と仲間たち。うち一人が殺害され、晋平は事件に巻き込まれていく。

  この作家の3つの特徴。

  その1、二つの顔をもつ男。損料屋の半四郎、軽業の新之助、御掃除之者の平太など、じつは別の顔をもつ魅力的な男が登場する。

  その2、江戸“知らなかった”話。足高の制。

 ――足高の制は、8代吉宗公が初めて実施した人材登用策である。それまで、武家が御役目を果たす上での費用は自らの家禄から賄っており、おのずと重い御役目に就くのは大身の旗本に限られていた。

 それを足高の制では、それぞれの御役目に職禄を定めて、家禄との差を埋めることにした。もしも家禄5百石の旗本が職禄3千石の町奉行に就けば、その差額25百石が支給される。

 家柄よりも、本人の力を重んじるという、人材登用策の転換を象徴する施策だが、その施策はまた、享保の頃から、家柄の良い者よりも力のある者を使わざるをえない、難儀な時代が始まったことを表わしてもいた。(本書)

  その3、剣技。浮木。

 ――浮木は、一刀流の要技の一つである。こちらの剣を押さえ込もうとする相手の力を使って、向こうの上太刀を取る。〔…〕

「水に浮く木のように、力任せに押さえつける相手の剣を軽くいなして起き上がり、守りから攻めへ瞬時に転じるのが、浮き木だ」(本書)

  本書は、はるか昔の伊賀衆に端を発するため、“説明”が多く、“説明”でストーリーが展開する。そのつど立ち止まってしまうので、読後感は爽快とはいえない。

青山文平つまをめとらば

青山文平鬼はもとより 

青山文平白樫の樹の下で

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2016.11.27

工藤美代子■後妻白書――幸せをさがす女たち

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  略奪愛だろうが出来ちゃった婚だろうが、後妻になるのは恥ずかしいことではない。夫が社会的に高い地位にいたら、世間は苦節を共にしないでいきなり完成品を手に入れたと後妻を非難するかもしれない。

  だが、そんなことは気にしなくても良い。

  大事なのは夫が自分と巡り合う前に、すでに人生のワンラウンドを通過しているという事実だ。

どうしても共有が不可能な過去の時間の清算は、しかし、後妻も参加しなければならないのだ。特に子供がいた場合はそうなる。

  感情的にも経済的にも、その辺の問題を受け止める度量が要求される。

 

後妻白書――幸せをさがす女たち |工藤美代子|小学館|20163|ISBN: 9784093965347|

  黒川博行『後妻業』(2014)、その映画化『後妻業の女』(鶴橋康夫監督・2016)、遺産、保険金目当てに10人以上の夫たちを次々殺した筧千佐子(68)被告、死亡当日入籍した宇津井健、やしきたかじんの32歳年下の妻のスキャンダル……。

  ――2014年あたりから、後妻という言葉がやたらとマスコミを賑わすようになった。〔…〕なんとも奇妙な現象が始まったものだと思った。

  いや、それだけではない。私の直接によく知っている50代から70代の女性たちが、次々と結婚歴のある男性の妻になった。指折り数えてみると、その人数は7人くらいいる。共通点は相手の男性が持病や高齢で、もう余命が限られているところだった。(本書)

  後妻という選択をした高齢女性は、なにが動機なのか。求めたのは、カネか、セックスか、ステイタスか。

  たとえば桃子さん。相手は彼女より20歳年上の84歳だった。紳士服の店のオーナー、土地や家や株など合わせると3億円。だが脳梗塞の後遺症で左半身が不自由で、おしめをしている。しかし男としての機能は衰えていなかった。そしてわずか半年で「離婚届」を突きつけるような出来事が起こる。

  セックスライフ、性交痛の「対策と治療」最新情報、エステの裏ワザと美容への道、財産狙い、遺産相続をめぐる疑問と不安、……。なかでも読んで恐ろしかったのは、前妻への嫉妬。上掲にあるように、「どうしても共有が不可能な過去の時間の清算」ができない後妻の問題である。

  本書は『女性セブン』に連載されたエッセイ風ノンフィクション。とくに目を見張ったのは「『高齢者の発展場』とげぬき地蔵を歩く」の章。高齢者の人気スポット、巣鴨のとげぬき地蔵周辺は、テレビでインタビューしている場面をしばしば見る。高齢者の世論調査の場のようなイメージがある。

  ところが本書で描かれるのは、ちょっと違う。ここに住み、一流企業に勤める24歳の青年に、著者は案内してもらう。広場のベンチに腰掛けている60代、70代の男女。有名な出逢いのスポットだという。

 ――「真ん中のベンチの右から二人目の男の方は少しずつ移動して、黄色いジャケットの女性に近づいていますね。あっ、別々に来て座っていた男女がうなずきあって今、立ち上がりましたね」

 ジュン君が低い声で次々に実況中継してくれる。〔…〕

 

「ここでカップルが成立したとしても、それからどうするんだろう?」

 誰にともなくつぶやくと、「それはラブホに直行です」といやにきっぱりとジュン君が答えた。なんとまあ即物的なと思ったら、彼の言葉には根拠があった。

「僕の住んでいるマンションから駅に向かう道が二本あって、一本はずらっと両側にラブホが並んでいます。そこでよくお見掛けするのが、ご年配のカップルの方たちです」(本書)

  それは日常茶飯事で、手をつないで楽しそうに入口の中に消えて行くという。さらにもう一本の道の両側にピンサロが立ち並んでいるという。ピンサロの呼び込みに立っている男たちは60歳をとっくに過ぎている。ドレスを着て濃い化粧をした女性はどう見ても70歳を過ぎている。テレビでは映さない、週刊誌ならではの記事である。

 『工藤写真館の昭和』 (1990)など家族を題材にしたもの。『旅人たちのバンクーバー 』(1985)などカナダを舞台にしたもの。『香淳皇后』(2000)など皇室もの。『ラフカディオ・ハーン 漂泊の魂』(1995)など評伝もの。『快楽』(2006)など更年期もの。『もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら』(2011)など怪談もの。さらには自らのうつ病を克服した『うつ病放浪記』(2013)など……。

  工藤美代子、1950年生まれ。自身も後妻だという。43歳で再婚した元編集者加藤康男氏が取材に協力をしているのだろうが、昭和史、皇室から更年期、お化けまで著書はまことに多彩で旺盛な活躍ぶりである。

工藤美代子▼それにつけても今朝の骨肉

 

 

 

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2011.10.04

天野祐吉◎隠居大学──よく遊びよく遊べ

20111004

*

横尾 天野さん、インキョインキョって言うけどさ、画家っていうのは、本来生まれながらに隠居みたいなものだと思うんですよ。

(歌川)広重は25歳くらい、(伊藤)若沖も30代で家業を弟に任せて、隠居してから画家として本格的な活動をしている。

それも、遊びでしかないんですよね。描いてすぐに売れるかわからない。まあほとんど売れない、と考えていいわけで。

でもそこで自分がやる仕事なり行為をね、そこに徹底的に思いの丈、自由になれるかどうかのきめ手は遊べるかどうかだと思いますね。〔…〕

命懸けで遊びたい、自由になりたいと思ったら、「わたし」とか「ぼく」とかいう自我を滅却して、徹底してバカになるしかないと思うんですよね。

愚者になれるということは最高の境地ですよ。

──第一時限「猫の自由に学ぼう」横尾忠則・天野祐吉

◎隠居大学──よく遊びよく遊べ│天野祐吉│朝日新聞出版│ISBN9784022508607201106月│評価=△

<キャッチコピー>

こんな時代こそ「隠居」を見直そう! 目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の豪華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。年を取るって、いいもんだなァ。

<memo>

「隠居大学」という名の公開対談。隠居になるためには、「猫の自由に学ぼう」「ゆっくり急げ」「いい加減にしなさい」「宇宙人をめざそう」「うふふ力を磨こう」「遊行の旅に出よう」。

天野祐吉■ 私説広告五千年史

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2011.10.03

団鬼六/黒岩由起子◎手術は、しません──父と娘の「ガン闘病」450日

20111003

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「皆集まってきて、鉄の棺おけの中を覗き込むんやろ」

どうも、父は自分が既に死んだと思い込んでいるのだ。納棺され、皆が花をたむけることをいっているらしい。〔…〕

「冗談はやめてくれ! 俺はさっき死んだんだ。気持ちは有難いが、死んだ人間を哀れと思って慰めてくれようとするな」

と抗うのだ。

父は言うことが通じない私たちに苛立ったのか、これならどうだ、という按配で、目の前の原稿用紙に鉛筆で大きく、

〈冗談はよせ、俺さっき死んだんだ〉と書いてみせた。続けて、〈鬼六人生 第一部了〉と書く。〔…〕

父は、いくら私が生きていると説明しても信じられない様子で、「うっそやー」と渋い顔をする。〔…〕

「そうだ! もしかしたら、一度はホントに死んで、生き返ったのかもよ」

と私が思いつきを言うと、父は不思議そうに腕を組んだ。

◎手術は、しません──父と娘の「ガン闘病」450日│団鬼六/黒岩由起子│新潮社

ISBN9784104178063201108月│評価=○

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食道ガン発覚後も手術を拒否した奔放な父と、そんな父に振りまわされながらも献身的に見守る娘。告知、放射線治療、一進一退の症状、転移、そして家族に「遺されたもの」──病と向か合いながらそれぞれの思いを綴った、すべての親子必読の闘病記。

<memo>

たしかロバート・R. マキャモン『少年時代』だったと思うが、“老人が一人死ぬということは、図書館が一つ消失することだ”というフレーズがあった。先日50年を超える交遊をもつ友人の突然の訃報が届いた。私は彼の記憶を多くもつが、彼のもつ私の記憶は永遠に失われてしまった。それが図書館を一つ消失することなのだと気づいた。

本書はかつて75歳の時に「透析を受けるなら死んだほうがましだ」と思いつつ、“屈辱”の透析によって3年、今度は流動食以外嚥下出来ないという状態にながら、「まだ死にたくないという願望に打って変わるなど、おかしなことだと自分でも感じる」著者。そして手術を拒否し、何度も生き返り、花見やパーティを楽しみ、79歳で死去。大きな図書館が消えた。これは父と娘の愛の物語

団鬼六■ 我、老いてなお快楽を求めん――鬼六流駒奇談

団鬼六◎死んでたまるか

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2011.09.30

発掘本・再会本100選★変容│伊藤整

201109301

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岩井透清は私の顔を、身体をじろじろと見まわした。お前はまだ役に立ちそうだが、自分の人生がもう残り少いことに気づいているのか、と言わんばかりであった。

「龍田君、七十になって見たまえ。自分の中にある汚れ、欲望、邪念として押しつぶしたものが、ことごとく生命の滴(したた)りだったんだ。

そのことが分るために七十になったようなものだ、命は洩れて失われるよ。生きて、感じて、触って、人間がそこにあると思うことは素晴らしいことなんだ。語って尽きず、言って尽きずさ。」

彼は私を脅かすように睨みつけ、やがて私を羨むように目をそらし、失われた生そのものを感じて歯ぎしりするような、怒った顔になった。

★変容│伊藤整196810月│岩波書店/文庫版:│ISBN9784003109625198305月│評価=○

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老年期に入ろうとする主人公たちが展開する心理や行動は、性の快楽が青年の特権ではないこと、さらには、それらの行為を通して人生の真実により深く到達するのは、若者や壮年よりも老年であることを啓示する。老年とは、ひいては人間が生きるとはーという根源的な問いに真正面から取組んだ作者(1905-69)最後の傑作長篇小説。

201109302

<memo>

いつのまにか読むテーマが“定年前後、還暦前後”から“老齢・老年”に変わっている。老年を描いた小説の1960年代の代表作として、川端康成「眠れる美女」(1961)、谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」(1962) とともに、伊藤整「変容」(1968)がよくあげられる。著者64歳、死の前年の作。手元にあるのは岩波文庫版で、1983年第1刷、2009年第9刷とある。いまも読まれているようだ。当方は、初読。

60歳を迎える画家龍田の煩悩を、60歳を過ぎた女性歌人千子、日本舞踊の女師匠咲子、元モデルで酒場のママ歌子、死んだ妻の友人で学園経営者せつ子など、老年に向かう女性たちとの関係で描いたもの。

「刊行された68年は、まだ日本の社会での性意識の自由化の風潮が進展している最中であり、その風潮を促進するものとして、この作品も読書界に受け入れられたのである。が、それにしてもこの作品が、当時の読書界に与えた影響は衝撃的であった」と文庫版解説で中村真一郎は書く。「己れの欲望のままに生きることこそが、生の燃焼であり、生の意味であり、死の予感と引きかえに、老人に与えられるものである」。

「この60歳前後の老人の激しく貪欲な性の行為の実態は、耳もとでシンバルを鳴らされたような、脳の中枢に響く激動であった。〔…〕30代、40代の細君たちがこの小説を読んで、それまでもう自分たちの女性としての生命は終りかけていると信じていたのが、突然にむしろ女生命の頂点は20年、30年の先にあるのだと眼を見開かされて色めき立ちはじめ」云々と解説は続く。つい半世紀前の作品を読むには、登場人物の年齢を1020ほど足して読む必要が出てきた。以下、本文から引用……。

──「執着やねたみや憎しみのあるところには、やがてそれをこやしとして愛というものが咲き出るのかも知れません。」

──「老齢の好色と言われているものこそ、残った命への抑圧の排除の願いであり、また命への讃歌である。」

──「生きることの濃い味わいは、秘しかくすことから最も強くにじみ出て来る。」

──「生きている間は、何が起るか分らない」という言葉が、つぶやきとなって私の口にのぼった。それは「生きている間は何をするか分らない」と言った方が正確だった。私にとってその言葉は、「生きているうちは救いなどありはしない」という意味だった。

川西政明◎新・日本文壇史──第5巻・昭和モダンと転向

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