09/旅ゆけば

2017.02.05

角幡唯介★探検家、40歳の事情

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 じつはシロクマは陸生動物ではなく、アザラシやセイウチとおなじように海にすむ海獣に分類されており、肉にもアザラシと同じような海獣独特の潮のにおいが染みこんでいて、ちょっとクがある。

 だが、それが嫌味になっておらず、逆にその脂っぼい濃厚な味をひきたるアクセントになっており、とにかく口に入れるたびに思わず「うんめぇー」と声が漏れてしまうほど旨いのだ。〔…〕

 このときのシロクマ肉は北極一番というより、

日本のどんな焼肉屋で食べた肉よりも上質な、人生一番の肉だといっても過言ではなかった。

――「生肉と黒いツァンパ」

 

 探検家、40歳の事情|角幡唯介|文藝春秋|201610ISBN: 9784163905457|△

 

1位 シロクマ

2位 ホッキョクウサギ

3位 イッカク

4位 アザラシ

5位 チャー

6位 カリブー

7位 アッパリアス

8位 ジャコウウシ

9位 セイウチ

  これは著者による“北極の肉・味のランキング”である。

  本書は『探検家、36歳の憂鬱』に続くエッセイ集。探検の余話や小市民的日常を垣間見せる話を中心に編み、「読者にもこいつアだなぁと思って読んでもらえれば著者冥利につきる」とちょっと照れ気味の言い訳をあとがきに記している。

  なにしろノンフィクションについてストイックな考えをもつ探検家である。一読者である当方は『アグルーカの行方』での北極圏でのジャコウウシを殺して食べた場面が忘れられない。いや殺した母牛ではなく、そばにいたぬいぐるみのようにかわいい仔牛の鳴き声が今も耳に届きそうな場面が忘れられない。

 『アグルーカの行方』の圧巻シーンの“探検の余話”として、そのジャコウウシの味を第8位に挙げるんですか。それはないでしょう。

 また、峠恵子『冒険歌手――珍・世界最悪の旅』に若き日の著者が登場するが、本書の「マラリア青春記」では、そのニューギニア探検時の蚊に悩まされた話がでてくるが、これはまじめな“余話”である。

 ところで以前NHKBSの番組でベラルーシ国境から首都モスクワまでの国道1号線、1400キロ余りを、著者が自転車で走る「ロシア ルート1の旅」という番組を再放送で見たが、なぜ自転車なのか全く理解できなかった。また現地の人へのインタビューを画面の外のいる通訳に対してしているテレビの初心者ぶりが初々しくもあり痛々しくもあった。

 探検を何度も何度もできる訳がないので、“ノンフィクション作家・探検家”という職業に“書評家・エッセイスト”の肩書が加わるのはいいが、どうか“コメンテーター・リポーター”などテレビ方面にはいかないでいただきたいものだ。

 

角幡唯介□アグルーカの行方――129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極

角幡唯介▼探検家、36歳の憂鬱

角幡唯介◎空白の五マイル――チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む

角幡唯介◎雪男は向こうからやって来た

峠恵子■冒険歌手――珍・世界最悪の旅

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2016.12.04

西秋生■ハイカラ神戸幻視行

20161204

 

 (大倉山)の麓にある中央図書館は、日本探偵小説の源流の一つである。

 大正10年(1921)落成直後にここで開催された講演会で、当時の高名な評論家・馬場孤蝶が海外の探偵小説の動向を紹介したのを

聴いた江戸川乱歩が刺激を受け、デビュー作「二銭銅貨」を執筆するに至ったのである。

  の講演会には地元の横溝正史も来ていたが、その時には面識がなく、お互いそれとは知らなかった。

 

 ハイカラ神戸幻視行――紀行篇 夢の名残り|西秋生|神戸新聞総合出版センター|20169|ISBN: 9784343009135|

   上掲にあるように神戸市立図書館が大倉山の現在地に移転したのは1921年である(現在の建物は1981年)。乱歩が馬場孤蝶に書き上げた「二銭銅貨」の原稿を送ったのは知っていたが、神戸市立図書館での講演会がきっかけだとは知らなかった。

  JR神戸駅から楠公さんの東側の銀杏並木の道を北へ、大倉山公園の近くの職場に2年通ったことがある。大倉山の由来は知っていても、そこに伊藤博文の銅像が撤去後の台座部分が残されているとは気づかなかった。それが国会議事堂の中央、天に突き出した屋根の部分とそっくりだという。見に行かなくては……。

 本書は、上掲のような神戸という街の戦前、70~90年前の姿を、谷崎潤一郎、稲垣足穂など多くの文人の文章を引用しながら紹介する。

だが街歩きのガイドブックにしては、序章・夢の街へ、街の夢を訪ねて、第1章・世界一美しい“異国”元居留地、などタイトルが示すようにペダンチックである。そしてやや上から目線を気にしなければ、まことに好読物である。

  凝った装丁なのに、著者撮影の写真が難。神戸新聞連載時に写真部員が写していたらと、惜しまれる。なお『ハイカラ神戸幻視行――コスモポリタンと美少女の都へ』という前著もあるらしい。

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2016.11.17

仲村清司・藤井誠二・普久原朝充■ 沖縄 オトナの社会見学R18

20161117

 

藤井 普天間基地を見学するスポットはいくつかありますが、直下に飛行場を見下ろすことができる嘉数高台公園ははずせないでしょう。

 国道58号を走っていても、中部から北部に向かうと両側に米軍基地や米軍住宅、通信基地などが次々にあらわれて、その真ん中を走ることもあるから、いやおうなく沖縄に米軍基地が集中しているのかわかります。〔…〕

仲村 嘉数高台公園の入口に「普天間飛行場ちんすこう」というお土産を売っている移動販売車もありますね(20156月で閉店)。名物同士をくっつけたお菓子です。実にしたたかというか、たくましいというか。こういう商売もあるんだなあ。普天間飛行場は反基地派にとつては素通りできないポイント。屋台が出てもおかしくないわけだ。〔…〕

普久原 僕が嘉数高台に上ったのは、小中学生時に授業の一環で訪れて以来です。当時は普天間基地返還の話題はなかったので、

基地の見渡せるスポットというよりは、沖縄戦で多くの死傷者を出した激戦地として教わりました

■沖縄 オトナの社会見学R18 |仲村清司・藤井誠二・普久原朝充|亜紀書房|20165|ISBN: 9784750514727 |

   仲村清司。那覇市に住む大阪市生まれのウチナーンチュ2世。藤井誠二。那覇市にセカンドハウスをもつノンフィクションライター。普久原朝充。那覇市生まれの建築士。という3人が沖縄本島を歩いて、ディープな街を案内する。

  上掲の嘉数高台公園から真栄原新町が見える。もとは1950年代に米兵相手にできた特飲街で、沖縄の夜の名所としてしぶとく生き残っていたが、“浄化”市民運動で街は壊滅状態。

  ――真栄原新町はつい最近まで建物が残っていたので、街そのものが戦後史を語るオープンスタジオのようでした。いまやその貴重な風景も発掘されることなく壊されよぅとしている。もったいないですね。この点、沖縄は歴史の語り継ぎに失敗しているように思えます。(仲村)

  真栄原交差点から大謝名方面へ行くと左手に、山口組の沖縄進出による沖縄ヤクザ抗争の主役が射殺された「ユートピア」という大きなキャバレーがあった(いまはまったく痕跡がない)。

 次は、当時は12,000戸以上もあった外人集宅。

「(港川外人住宅には)沖縄そば屋、古着屋、パン屋、カフェなどが数十軒あって、歩いて、覗いて、コーヒー飲んでとかしていると日がな過ごせます。昔の間取りとか、風呂場とか洗面所とかそのままだから、当時の外人住宅の生活感がそっくり残ってます。ああいう再利用の仕方はいいと思う」(藤井)

 その次は、普天満宮。

「普天満宮洞穴の中は鍾乳洞になっています。沖縄戦以前の普天満宮の本殿はその鍾乳洞の内部にあったらしい。洞穴の入口には男女の生殖器のかたちをした陰陽石を祀っていますね。まさに男女の結合のパワースポットです(笑)」(仲村)。

 これが普天間編(前編)の街歩きルート。那覇編、コザ編、金武・辺野古編、首里編と続く。意識して街を歩くと地元でありながら観光気分を味わえるし、逆に他所の人間でないと発見できない魅力や価値を教えられる。 

  ふつうの観光ガイド本ではなく、こんな各地の歩き方本がほしいが、しかし本書にあるように行けばもうそこは街のかたちが変わってしまっているだろう。当方、それは司馬遼太郎の『街道をゆく』でなんども経験済みである。

仲村清司◎本音で語る沖縄史

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2016.04.07

峠恵子■冒険歌手――珍・世界最悪の旅

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出航以来、今日までの毎日は、一日として同じ日のないスリリングな日々だった。

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「危機一髪」も、乗り越えてしまえば、貴重な体験となって記憶に残る。「危険」も向き合ってしまえば、自分との最高の闘いだった。

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「不便」も慣れてしまえば、労働という素晴らしい喜びだった。

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このまま都会に戻り、あの必要以上に便利な生活に慣れてしまえば、自分が本来持っている底力、腕力、脚力、体力、忍耐力も使えずじまいになり、五感と向き合うことも、また空や雲や風や星などと「当たり前に対話することも忘れてしまうのか。

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すべては一瞬の幻だったと、全部忘れ去ってしまうのか。嫌だ!そんなの絶対に嫌っー‼

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■冒険歌手――珍・世界最悪の旅│峠恵子│山と渓谷社│ISBN9784635886246 201510月│評価=○

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 本書は『ニューギニア水平垂直航海記』(20047月・小学館文庫)の増補改題版である。

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「日本ニューギニア探検隊隊員募集」という雑誌記事を見かけ、「ヨットも、ロッククライミングも、登山も、まったくのド素人」しかし、「遺書を書いて参加します」。

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この何とかならなかったのかと思う最低なタイトル(「冒険歌手――珍・世界最悪の旅」、「ニューギニア水平垂直航海記」)では、いかなる冒険であったかは、イメージできない。

それは、「ヨットで太平洋を渡り、ニューギニア島を目指し、ゴムボートでニューギア島の大河・マンベラモを遡上、オセアニア最高峰カルステンツ・ピラミッド(4884m)北壁の新ルートを世界で初めてロッククライミングで開拓する」というもの。

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ところが、ニューギニアにはたどり着いたものの(4名のうち元自衛隊員コーちゃん脱落)、カルステンツ登頂の許可が下りず、オセアニア第2の山トリコラ(4750m)北壁初登攀をしたものの(ここで早大探検部ユースケくん帰国)、これ以降は隊長藤原一孝と著者の二人で、腹にカンガルーのような袋のある幻の犬タスマニアン・タイガーを探したり、旧日本兵の遺骨の捜査など行き当たりばったりの冒険行。

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探検はガイドやポーターたちの嘘、たかり、盗み、また地元役人の賄賂に悩まされ、さらに蚊、ゴキブリ、ノミ、ダニに襲われ、同行仲間内の相互不信、女性である著者の大小排泄物の始末にと、まことに露骨というか率直な日々が綴られる。

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 あの高野秀行が「奇書中の奇書」と褒め、参加者のユースケがあの角幡唯介であり、この増補版では、その二人が解説や対談に登場するとなると、本書をスルーするわけにはいかない。

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2015.10.18

◎09旅ゆけば│T版 2015年8月~10月

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★最相葉月『ナグネ――中国朝鮮族の友と日本』

クリスチャンは旅人(ナグネ)だと恩恵はいう。自分の本当の家は天国にあり、この世は通過点にすぎない、だからこの世に未練はありませんという。

そんな言葉を聞くと、私は切なくなる。しかし、恩恵の旅の途中で、ほんの一瞬、心を通わせた人間の一人として認めてくれるなら、私は嬉しい。

★最相葉月『ナグネ――中国朝鮮族の友と日本』

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 1999年、西武新宿線の駅のホームで偶然知り合った中国人の女性と著者との16年間にわたる交友を描いたもの。

中国における朝鮮族や地下教会でのクリスチャンの信仰もさることながら、黒龍江省ハルビン市出身の朝鮮族である彼女の過酷な日々と大陸系らしいエネルギッシュに生きる姿が目を見張る。

彼女を支援する著者の言動もすがすがしい。

 

★森山伸也『北緯66.6°』

「北極圏トレイル800キロ」とか、「サーレク核心部縦走」などといかにも野心むき出しで気張っているニッポン人は、ここでは完全に浮いていた。

ラップランドにやってくる北欧人の目的は「山歩き」ではなかった。結果的に山を歩いているだけで、ただただ極北の短い夏を楽しみにやってきているのだった。

★森山伸也『北緯66.6°』△2014

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 北欧三国にまたがるラップランド800キロを歩くぞと出かけ、地図が手に入らなかった、足にまめができたと距離を大幅短縮。

もしも食料が不足、ボートが転覆、爆弾低気圧、崖に囲まれて云々と、勝手に自分の「不安」という想像力に負ける何とも情けない“冒険”。

しかし著者は「人生は決断の繰り返し」と開き直る。

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 ヘリコプターでピックアップしてもらう現地のカップルの話がでてきたところで、著者もリタイアするなと気づく。“ビールをぐびぐび”という表現が何度もでてきてうんざり。文体は高野秀行の真似か。地名が現地のノルウェー語、スウェーデン語で表記、カタカナで書けない編集者の怠慢。連日の猛暑でせめて涼しい本をと手にしたが、イライラがつのっただけ。

 

★石田千『唄めぐり』

こころに、唄を抱く。そのときに湧く土地への誇りが、天災や戦のなかもひとを支えた。旅のあいだは、いつも八百万のいのちと縁に呼ばれて歩いている気がした。

ひとの声は風になり、波になり、光となった。全身に浴びた。

★石田千『唄めぐり』〇2015

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石田千『唄めぐり』は、北の「江差追分」から南の「安里屋ゆんた」まで唄とその歌い手たちを訪ね、その地で歌を聴き地酒を飲んだ紀行エッセイ。

「雪の細道舟下り」という章で「最上川舟唄」。なんと舟唄に山背が歌われていた。山背風だよ あきらめしゃんせヨイトヨラサノセーおれをうらむな風うらめ。

付録にCDがついていればよかったのに。

 

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2011.09.14

芦原伸◎シルクロード鉄道見聞録──ヴァチカンから奈良まで全踏破

20110914

*

見知らぬ風景に出会いたいという渇望が新しい発見を生み育てた。シルクロードの旅人、玄奘三蔵、マルコ・ポーロ、イブン・バットゥータの数々の功績も彼らの知的好奇心に依っている。

一方、シルクロードは、今や「文明の衝突」の実践現場である。

異なる民族、宗教、言語が激しくぶつかり、血を流しながら、新しい秩序を求めて抗争している。

クルド独立連動、イラク戦争、キルギス紛争、中国新疆ウイグルの騒乱、朝鮮半島の南北分断など、現代のシルクロードは紛争の火の帯である。〔…〕

シルクロードの魅力はまだまだ尽きない。ユーラシア大陸の2万キロを走る鉄路の片隅には、多くの未知の「好奇心」や「知的冒険」が眠っている。

◎シルクロード鉄道見聞録──ヴァチカンから奈良まで全踏破│芦原伸│講談社│ISBN9784062164009201010月│評価=○

<キャッチコピー>

夢の「シルクロード全街道鉄道制覇」紀行!誰も成し遂げられなかったローマから奈良までの鉄道紀行。紛争、発展、悠久のシルクロードの現代と、そこに息づく交易、食などの文化の「点と線」を辿る。

<memo>

紀行作家の芦原伸63歳、カメラマンの堀瑞穂67歳。絹の道ならぬ麺の道を、30列車を乗り継ぎ、14カ国を通過2 0, 0 0 0 キロ、5 9 6 0 。ムック版に『鉄道シルクロード紀行』(2010)がある。

長倉洋海◆人間交路 Silk Road

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