12/そこに本があるから

2017.05.31

高島俊男★お言葉ですが… 別巻7 本はおもしろければよい

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この『図書』で自然と岩波精神、言わば「イワナミズム」を刷りこまれたと思う。〔…〕

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それまでは、幼いころから、本はおもしろい、おもしろいから大好き、であった。おもしろくない本も多々あるが、それは読まないまでのことである。それでどうということはない。

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ところが岩波は、「古典」「名著」を読め、そして「教養」を身につけよ、と教える。

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こちらは、病気になったことのない、バイ菌に接したことのない無抵抗の体のような子供(少年)だから、これに手もなくひっかかってしまったのである。

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本を読むことは、おごそかな、人の人間としての向上・成長に必須のことになった。

 

どんな本が「古典」「名著」であるかば岩波がきめる。

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――「本はおもしろければよい」

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★お言葉ですが… 別巻7 本はおもしろければよい|高島俊男|連合出版|20173|ISBN:  9784897722986 |

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『お言葉ですが…』はもともと週刊文春に連載されていたもので、単行本は第110巻が文藝春秋から、連載が打ち切られたのち第11巻、そして別巻シリーズが連合出版から刊行され、本書別巻7が最終となる。

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 「本はおもしろければよい」という表題作は、造船の町兵庫県相生市での著者の幼少時代からの読書体験を振り返ったもの。「出版社はたくさんあるが、それらのなかでわたしにとって岩波は特別で、『一杯喰わされた』という感じを持っている」と、上掲のような岩波批判を展開する。まことに最終巻にふさわしい“最後っ屁”である。

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 当方も『図書』を購読し、毎月3冊出る岩波新書を読めば時代がつかめると信じた頃があった。そして著者の結論は、「当人にとっておもしろい本を読んでいればいい」。

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 このシリーズで本の読み方、楽しみ方を教示された。たとえば本書の「播州言葉」は『関西方言の社会言語学』の中の鎌田良二「近畿・中国両方言の表現形式の地理的分布」が興味深かったとして、学術的書評ではなく、自らの播州弁体験を述べたエッセイである。

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 東京の大学に入ったとき仲良くなった友人から、日本語には「は」「へ」「を」等々の助詞があるが、著者はしゃべる時にそれを全部とばすから、聞いていてイライラする、といわれる。「おれは、きのうは学校へ行かなかった」を「わいきのう学校行かなんだ」という。助詞をとばすのは播州特有かも知れない、と著者は書く。播州弁俳句をつくったことある当方としても“大発見”であった。「わいら、助詞ぬかしてしゃべっと―、知っと―?」「知らんだっせ」

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 「お言葉ですが…」シリーズで、当方が最も驚いたのは、別巻5の「森鴎外のドイツの恋人」であった。著者はかつて今野勉『鴎外の恋人――120年後の真実』を「へたな推理小説よりおもしろい」という言いかたがあるが、これはじょうずな推理小説よりおもしろいと評した。

ところが六草いちか『鴎外の恋――舞姫エリスの真実』が出て、“ドンデン返しを食ってひっくりかえる”のである。

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当方もひっくりかえった。じつは当方も今野勉『鴎外の恋人――120年後の真実』について、“2011年傑作ノンフィクション・ベスト10”に選んでいたのだ。「舞姫エリスの真実」が真実であって、「120年後の真実」は真実ではなかったのだ。

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なお、「お言葉ですが…」第1巻は1996年、本書別巻72017年、20年を越えて続き、今後はブログとして継続されるという。

 

高島俊男▼お言葉ですが…(別巻 5)

 

2012年ノンフィクションの話題③――鴎外の「恋人探し」ほこたて対決 

六草いちか□それからのエリス――いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影

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2016.12.05

2016年■傑作ノンフィクション★ベスト10

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当方、今年は体調を崩し、ブログを半年休んだ。またツイッターも140字という呪縛に勝てず断念した。が、なんとか今年も傑作ノンフィクション★ベスト10を選んだ。20152月から201611月までに刊行されたもので、順不同。

 三浦英之■五色の虹――満州建国大学卒業生たちの戦後

 戦争や内戦を幾度も繰り返してきた中国政府はたぶん、「記録したものだけが記憶される」という言葉の真意をほかのどの国の政府よりも知り抜いている。

 記録されなければ記憶されない、その一方で、一度記録にさえ残してしまえば、後に「事実」としていかようにも使うことができる――。

三浦英之■五色の虹――満州建国大学卒業生たちの戦後

 

若宮敬文■ドキュメント 北方領土問題の内幕

 ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞諸島及び色丹島を日本に引き渡すことに同意する。

 ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。(日ソ共同宣言19561019日)

若宮敬文ドキュメント 北方領土問題の内幕

 

 

野口武彦■花の忠臣蔵

 覚悟したほどには濡れぬ時雨かな〔…〕

 この「おかしさに」という感想はたんに拍子抜けがしたというだけのことだろうか。そうではあるまい。

 ただ予想と違ったというばかりでなく、内蔵助は上杉勢が吉良邸に駆けつけなかったことにいたく失望している気配なのである

野口武彦■花の忠臣蔵

 

井出幸男■宮本常一と土佐源氏の真実 

 宮本が偉大な民俗学者であったことは疑いを容れないが、むしろその本来の素質は、作家的あるいは詩人的とも言えるところにあったのではないか。

 採集ノートを焼失したという学問としてはマイナスの物理的条件が、宮本においてはこの場合、逆に完璧な詩的文学作品の完成をもたらした。

井出幸男宮本常一と土佐源氏の真実

 

嵐山光三郎■漂流怪人・きだみのる

 停滞と沈澱を嫌うきだみのるは流浪生活を完結させるために定住せず、 家から去り、妻から去り、文壇から去り、空漠の彼方へむかって歩みつづけていた。

 そこにミミくんがいた。

嵐山光三郎漂流怪人・きだみのる 

 

鈴木嘉一■テレビは男子一生の仕事――ドキュメンタリスト牛山純一

「視聴者はこのテレビ中継で何を見たいのだろう。それは花嫁の顔ではないか」

「我々は美しく古式豊かなパレードの全容をとらえようとして、パレードの本当の中心である『花嫁さん』という単純な対象を見落としているのではないか」

鈴木嘉一テレビは男子一生の仕事――ドキュメンタリスト牛山純一

 

 

都築 響一 ■圏外編集者

 ほとんどの出版社にとってはまだ、紙の本を作って、それを電子書籍化することが「新しい挑戦」という程度だろうが、もう一歩先の段階がきっとやってくる。それもまもなく。すでに音楽がそうなってきているように、最終的には本も「クラウド化」する時代がかならず来る。1冊ずつ本を買わなくても、たとえばウェブ図書館のように、月額使用料を支払えば読み放題のような。

都築 響一 圏外編集者

 

仲村清司・藤井誠二・普久原朝充■沖縄 オトナの社会見学R18

 僕が嘉数高台に上ったのは、小中学生時に授業の一環で訪れて以来です。当時は普天間基地返還の話題はなかったので、基地の見渡せるスポットというよりは、沖縄戦で多くの死傷者を出した激戦地として教わりました。

仲村清司・藤井誠二・普久原朝充沖縄 オトナの社会見学R18

 

 

清武英利■プライベートバンカー――カネ守りと新富裕層

そういう方に私は『我慢できませんよ』と言います。『オフショアブームに乗るのはいいが、税金ゼロのために人生後半の貴重な5年間を何もしないで毎日ぼーっとしていられるんですか』と。

清武英利プライベートバンカー――カネ守りと新富裕層

 

 

工藤美代子■後妻白書――幸せをさがす女たち

  大事なのは夫が自分と巡り合う前に、すでに人生のワンラウンドを通過しているという事実だ。どうしても共有が不可能な過去の時間の清算は、しかし、後妻も参加しなければならないのだ。特に子供がいた場合はそうなる。

工藤美代子後妻白書――幸せをさがす女たち

 

 2016年■傑作ノンフィクション★ベスト10――補遺  

  今年は、6月のイギリスEU離脱国民投票、11月アメリカ大統領予備選挙の結果、ポピュリズムの台頭が話題になった。しかしこの二つは、なによりも大手メディアの主義主張と民意との乖離、世論調査手法の劣化を表すもので、ジャーナリズムの没落を如実に示すこととなった。

 ところでノンフィクションの世界は、大震災、フクシマ原発など格好のテーマが一段落したため、低調であった。出版業界の低落傾向、なかでも売れないノンフィクション分野は、講談社の『G219号終刊号で「1月に新たな形で再出発する予定です」と告知していたものの何も現れなかった(まさかリニューアルしたネットの『現代ビジネス』がそれではないでしょうね)。講談社にぜひやってほしいのは「現代新書」にG2の書き手たちをどんどん取り込んで、「現代新書ノンフィクション」として書店店頭の“滞留時間”を長くし、読者の目に留まるようにしてほしいものだ。

  昨年はノンフィクションの作品そのものが荒廃しだしたと書いた。今後「評伝」が主流になるのではとも。そして角幡唯介以降大型新人が現れない。

  今年の特色は、内澤旬子『漂うままに島に着き』、稲垣えみ子『魂の退社――会社を辞めるということ。』など、“私ドキュメント”の増加。加藤達也『なぜ私は韓国に勝てたか―朴槿恵政権との500日戦争』、植村隆『真実――私は「捏造記者」ではない』、小保方晴子『あの日』など、“自己弁明本”の増加ではないか。

  ところで、通常雑誌に連載されたものは書籍化に際し加除訂正が行われるが、大宅壮一ノンフィクション賞に2014年から雑誌部門ができて、拙速の作品が賞の質の低下を招かないか、気になっていた。当方は、週刊誌を読まないが、週刊誌に連載後書籍化された作品を読み、杞憂だったことが分かった(今回ベスト102点選定)。

 ただ昨年の大宅壮一ノンフィクション賞への違和感については、別のブログに書いた。

小保方晴子あの日

 

 当方、今年は体調を崩し、ブログを半年休んだためブログでは紹介せず、また2016年ベスト10には選ばなかったものの、十分に楽しませてくれたノンフィクションは、以下の通り(いずれも2016年刊)。

 ★加藤達也『なぜ私は韓国に勝てたか―朴槿恵政権との500日戦争』2月・産経新聞出版

★福田ますみ『モンスターマザー―長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』2月・新潮社

★植村隆『真実―私は「捏造記者」ではない』2月・岩波書店

★ふるまいよしこ『中国メディア戦争―ネット・中産階級・巨大企業』5月・NHK出版

★森健『小倉昌男祈りと経営―ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』1月・小学館

★前川仁之『韓国「反日街道」をゆく―自転車紀行1500キロ』4月・小学館

★戸田学『上方漫才黄金時代』6月・岩波書店

★稲垣えみ子『魂の退社―会社を辞めるということ。』6月・東洋経済新報社

★山川三千子『女官―明治宮中出仕の記』7月・講談社学術文庫(原本は1960年)

★国末憲人『ポピュリズム化する世界』9月・プレジデント社

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2016.11.15

井出幸男■宮本常一と土佐源氏の真実

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 かつて宮本は、〔……〕「左近翁に献本の記」という一文を書いている。その中で今注目されることは、「私のように民俗の採集を学問とするよりも詩とせんものには、――」と述べていることである。

 これは昭和13年の時点での文章であるが、ここには宮本の持っている資質の本質とも言うべきものが示されていると思う。

 宮本が偉大な民俗学者であったことは疑いを容れないが、むしろその本来の素質は、作家的あるいは詩人的とも言えるところにあったのではないか。

 採集ノートを焼失したという学問としてはマイナスの物理的条件が、宮本においてはこの場合、逆に完璧な詩的文学作品の完成をもたらした。

 原作の『土佐乞食のいろざんげ』は、書かざるをえない素質を持った人間が、本当に書きたい対象を書きたいように書いた作品であると私は思う。

 

井出幸男| 宮本常一と土佐源氏の真実 |梟社|2016330|ISBN9784787763310 |◎=おすすめ

 著者が国文学者となる前、信濃毎日新聞の記者時代、青木信光編、大正・昭和地下発禁文庫『好いおんな』シリーズ⑥において「土佐乞食のいろざんげ」という作品に出合う。

 作者不明とされたこの作品が、民俗学者宮本常一の名著『忘れられた日本人』に収められた「土佐源氏」の原形をなす作品であることに十数年後に気づく。さらに十数年をかけて「宮本常一の秘められた心の闇と真実」を追ったのが本書である。

「土佐源氏」は土佐の山奥梼原(ゆすはら)に住む盲目の老人の女性遍歴を一人語りで記述したもの。この「土佐源氏」は著者によれば以下の経過をたどる。

1 昭和30年頃までに土佐乞食のいろざんげを書く。テーマはいろざんげ

2 昭和348土佐源氏を『民話』第11号に発表。原作のうち性愛の描写にかかわる叙述は大幅に削除。「民俗資料」的色彩が強まる。ただし題名が「土佐源氏」とされたように、物語的側面は継承。

3 昭和3411月、「土佐梼原の乞食」と改題して『日本残酷物語1』に収める。初めて「梼原」

という地名を明示し、実録的色合いを強調。

4 昭和357月、題名を「土佐源氏」に戻し、『忘れられた日本人』に収める。実録あるいは「民俗資料」としての色合いを継承・強調。全体としてこの「土佐源氏」により宮本の最高傑作””最良の文献民俗資料との評価を獲得。

 さて、「土佐源氏」は、生活誌、民俗資料、エッセイ、ノンフィクション、創作、ポルノ小説など、さまざまな見方がされているが、著者はこう書く。

 ――成立の経緯からも明らかなように、「土佐源氏」は原作も改作も含めて、何よりもまず宮本自身の肉体と観念を通じて生み出されてきた「文学作品」であることを認識すべきであろう。「民俗資料」としての意味を考えるのは、そのことを確認し十分承知したうえでのことである。(本書)

  当方、以前読んだ佐野真一『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三―』(1996)のこんな一節を思いだした。 

 ――宮本は、“土佐源氏”が語る話のなかに、妻を裏切り、別の女性と旅をつづける自分の姿を重ねあわせたはずである。何の束縛もなく放蕩の限りをつくしてきた“土佐源氏”は、宮本にとって、自分の絶対に到達することのできない一種の理想的人間だった。

 いや、宮本自身が日本全国を放浪するひとりの“土佐源氏”だった。(「旅する巨人」) 

 さまざまな文献や宮本の日記など引用しながらの本書の展開はまことにスリリングである。

 しかしなんといっても巻末に全文収録(約60ページ)されている「土佐乞食のいろざんげ」を一読し、さらに『忘れられた日本人』収録の「土佐源氏」と読み比べるという楽しみが読者には残されている。

 

宮本常一★忘れられた日本人

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2015.10.30

◎12そこに本があるから│T版 2015年8月~10月

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★青林堂編『創刊50周年記念 「ガロ」という時代』

長井氏の青林堂は、いわゆる貸本屋向けのマンガ本を出版してこられたのだが、東京で生まれ育った私は、東京にも貸本屋はあったけれども、ほとんど貸本屋に縁がなかった。しかし青林堂を中心とする貸本屋向けの本は、何冊も買って読んでいる。白土三平の「二年ね太郎」「忍法秘話」、水木しげるの「古墳大秘話」、といった本は、一般の書店でも売られていたのである。それは例えば手塚治虫が「落盤」という短編を寄せている劇画短篇集の本も同様で、貸本屋向けの本を私はふつうの書店で手にしていたのだった。(小野耕世)


★青林堂編『創刊
50周年記念「ガロ」という時代』△ 2014


青林堂編『創刊
50周年記念「ガロ」という時代』。伝説的サブカル漫画誌「ガロ」。19649月創刊号から200210月号までの全もくじ。

つげ義春、白土三平、水木しげる、滝田ゆう、林静一などの作家論を収録。あわせて創業者長井勝一氏を顕彰した“記念本”。

雑誌の興亡は編集長にあり。


★西山雅子『“ひとり出版社”という働きかた』

身銭を切って、しかも少部数で、一般に売りづらい本を出すには、自分でもよくよく考えて。

制作期間も長いので、そこまでのエネルギーを持続できるテーマかどうかが大事です。(里山社・清田麻衣子)


★西山雅子『“ひとり出版社”という働きかた』〇
2015

 2001年に若くして亡くなったノンフィクション作家の『井田真木子著作撰集』を出版した里山社に興味をもって手にした。

フリー編集者として他社の仕事で生計を立てながらの30代女性のひとり出版社だった。

10社それぞれ志は違うが、継続は力なり。奮闘を祈るや切。


★渡部雄吉写真集『張り込み日記』

この写真集にはトリックが使用されている。嘘というべきだろうか。

事件の解決までを体験できるような造りにしたかった。そのため、写真の時間軸と、合間にはさまれているテキストの時間軸を、意図的にずらしている。(乙一)


★渡部雄吉写真集『張り込み日記』△
2014

 1958年水戸市で起こったバラバラ殺人事件。ベテラン、若手二人の刑事が手掛かりを追って東京へ。その二人に密着したドキュメント写真集。

しかし戦後を色濃く残す背景に写真の価値を見出した乙一は、この実録写真で虚構の物語をつくる。

写真の撮影期間は20日間ほど。事件は解決していなかった。だが本書では事件が解決したようなキャプションで構成する。

タイトルは正確には“聞き込み偽日記”では? 渡部雄吉(192493)の写真、こんな使い方をされていいのか。


★キノブックス編集部『本なんて!――作家と本をめぐる52話』

現実と夢の落差がもたらす緊張関係の中にのみ、読書の成立の根拠があるのであって、それ以外は本という物質を眺めるだけの行為にしかすぎない。多くの人々はそのようなものを読書と勘ちがいしてきたのである。(紀田順一郎)


★キノブックス編集部『本なんて!――作家と本をめぐる
52話』◎2015


『本なんて!――作家と本をめぐる
52話』』は52人の作家による本に関するエッセイのアンソロジー。

キノブックス編集部の“選球眼”は見事というほかない。

鈴木清順、本はよむものでなくみるものだ。土屋賢二、書店とトイレの謎を解く。田村隆一、昔話復讐譚の改ざんを嘆く。西村賢太、無菌室のように本を保存する。山田風太郎、ドクショに空費していたらたいへんだ。


★平野義昌『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』


新聞が一面で取り上げて、さらに特集コラムの連載までしてくれました。なぜそんなにニュースになったのでしょうか。〔…〕そんなにエエ本屋やった?エエ本屋やったら潰れませんがな。漬しませんて。


★平野義昌『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』〇
2015


神戸の海文堂書店は
20139月末に閉店廃業いた。

『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』は、最後の店員による社史ふう備忘録。書店2階にギャラリーや古書店を置いたりし、狭くなく広くなく適当な規模の老舗書店。

廃業で大騒ぎしたのはメディアと客の郷愁に過ぎなかったと思う。帆船のペン画の二つのブックカバーがなつかしく、いとおしいと思うように。


★池永陽一『学術の森の巨人たち――私の編集日記』


人気作家の小説となると、
1冊で何十万部になるものもあるが、学術書では対象読者が限られるため、多くてもせいぜい数千部である。少ないのは何百部しかないのもある。それは学術書の宿命でもある。文庫を入れても万を超す部数のものは数えるほどしかないし、売り上げに大きな差が出てくるのは当然のことだった。


★池永陽一『学術の森の巨人たち――私の編集日記』〇
2015


『学術の森の巨人たち――私の編集日記』は、元講談社学術文庫出版部長の熊本日日新聞連載コラム「ある日あの人」の書籍化。出身地の熊本自慢の本でもある。

俳句の本だけで10冊ほど手元にある学術文庫だが、本書にも記述のある阿部宵人『俳句――4合目からの出発』は俳句を生半可にかじった人間にとって衝撃の書だった。ショックで数か月句作ができなかった記憶がある。


★長田弘『本に語らせよ』

 


読むともなしに読むという、散歩するように読むことのできる楽しみが、よい散歩道のよい光景のように、そこここにある。そういう楽しみを求めて開くのは、たいてい句集である。
(「幾霜を経て」)

★長田弘『本に語らせよ』△2015


石光真清『城下の人』
4部作のことが知りたくて、本書収録の「『城下の人』の語る歴史」を読んだのだが、全文でなく抜粋らしい。上掲は、猫の句について書いた短文、その末尾は以下。

――「幾霜を経て猫のなつかしき」。ずっとそう覚え込んでいたが、あたってみたら、加藤楸邨の句は、「猫」でなく「先生」だった。でも、間違いではない。わたしの「先生」はいつも「猫」だった。(「幾霜を経て」)


★信濃毎日新聞社『本の世紀――岩波書店と出版の100年』


山は人々を隔てる一方、山に囲まれているからこそ、その向こうに何があるのか、どんな世界が広がっているのかという、好奇心や探求心が生まれるのかもしれません。だからこそ山に囲まれた信州は、岩波書店を創業した岩波茂雄をはじめ、多くの出版人を輩出してきたのでしょう。


★信濃毎日新聞社『本の世紀――岩波書店と出版の
100年』〇2015


岩波書店の岩波茂雄は諏訪市、筑摩書房の古田晃は塩尻市、みすず書房の小尾俊人は茅野市、理論社の小宮山量平は上田市と、出版界に多くの人材を輩出し、出版王国とも言われる長野県。

岩波100年の歩みとともに近現代史を縦断する。本をとりまく現在と未来、本にまつわる地元の活動……、地元新聞社文化部の出版文化への熱い思いも伝わってくる。

 

 

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2015.10.16

平野義昌★海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録

20150927

 

 

神戸の“海の本屋”海文堂書店は2013(平成25)年930日閉店廃業いたしました。〔…〕

 

閉店に際しましては多くの方々にありがたいお言葉をいただきました。敗北者、消えゆく者には身に余る光栄でございました。感謝を申し上げます。

あのとき、なぜ皆さんから暖かく見送っていただけたのか、私は今もよくわかっておりません。

 

新聞が一面で取り上げて、さらに特集コラムの連載までしてくれました。なぜそんなにニュースになったのでしょうか。〔…〕

 

そんなにエエ本屋やった?

 

エエ本屋やったら潰れませんがな。漬しませんて。

 

そう思いながらも、“海の本屋”はどんな本屋だったのか、本屋の歴史を振り返ってみます。

 

★海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録│平野義昌│苦楽堂│ISBN9784908087011201507月│評価=○│最後の店員が綴る99年の歴史と一緒に働いた仲間たちの声。

 

神戸の海文堂書店は、2年前の20139月末に廃業した。若いころ週末の書店めぐりは、三宮から元町へ、コーベブックス、流泉書房、漢口堂書店、日東館書林、丸善神戸元町店、海文堂書店、宝文館書店の順だった。最後の砦が消えた。

 

 平野義昌『海の本屋のはなし』は、サブタイトルに「海文堂書店の記憶と記録」とあるが、廃業前の10年務めた元書店員による社史ふう備忘録である。巻末の年表はよくぞまとめたと思う貴重なもの。

 

「そんなにエエ本屋やった?エエ本屋やったら潰れませんがな。漬しませんて」と著者は自虐的に描くが、エエ本屋だって潰れる、なぜ潰れたかを書いてほしかった。人々が本、から情報を得る時代ではなくなった、が唯一の理由だろう。

 

 以下は、当方の私的な思い出、当方の備忘録である。

 

 海文堂といえば、1960年代、当時まだ木造の継ぎ足し建物だった気がするが、2階の奥にガラス張りの出版部の部屋があり、5、6人の社員がいた。さらに奥に事務所があった。

 

 職場へ雑誌など配達してくれるのだが、ときどき清水さんという経理の女性が請求書をもって職場へきて、ついでに広辞苑新版の予約をとったりしていた。当方、出版部に友人がいたこともあり、書店事務所の清水さんを何度か訪ねた。そういえば神戸の書店数社の共同出資によって、地下街さんちかタウンにコーベブックスという書店ができたとき、海文堂は姉妹店だと宣伝しひんしゅくをかったことがある。

 

 それはともかく海文堂が廃業すると決まってから、地元神戸新聞は大騒ぎした。最初の記事は「インターネット書店の台頭や周辺に大型店、新古書店の出店も相次ぎ、経営不振が深刻化していた」と書いているが、インターネット書店の台頭はともかく、海文堂の「周辺に大型店、新古書店の出店も相次ぎ」という事実はない。また「長く神戸の活字文化の発信拠点だった」と褒めすぎたのはいいとして、かつてここに出版部があり海事図書の発行を続けたことが触れられていないし、神戸発の書籍の名もない。

 

神戸新聞文化部は、おそらく記者は2名か3名だろうが、読書欄(ほとんどは共同通信の配信)で独自記事といえば高名な俳人の孫娘の初句集を大きく取り上げたり、OB記者に書評を書かせたり、女性部長はまことに傍若無人。廃業から半年後には「海文堂書店“復活”を神戸市が検討。基金創設や財政支援」というトバシ記事で、久元喜造市長が「行政が関わる形で書店を復活できないか」云々と書き、あわてた市長は自らのブログでこれを否定した。ちなみに店舗はドラッグストアになった。

 

 海文堂の廃業は、単に書店経営という面からではなく、街の立地からの問題がある。元町商店街の12丁目は大丸、南京町とともに賑わいを見せているが、4、5、6丁目はハーバーランドに客足をとられ、海文堂のある3丁目は中突堤への観光客の通路となっているものの人出は微妙である。夜も早く、通勤客も少ない。神戸新聞の記事はそういう視点がない。

 

 いまの神戸の書店は、ジュンク堂のひとり勝ち状態。だがこの書店、地域密着といいながら零細書店をつぶし、自らも客足が落ちればたちまち撤退する。大企業の傘下に入ったものの一時のパワーはない。いくら大型路線を貫いても、読書人口はとめどもなく減少している。

 

海文堂といえば、出入り口が2か所あり、海事本は別として児童書と地元本が多いのが特色。ときどき「2階ギャラリーで〇〇展を開催中です」のアナウンスが流れ、上がってみれば古本屋があったり、売り場を広げるという発想より“文化”にこだわった。ニュータウンへの進出を打診され、当時の社長は乗り気だったが、取次がイエスと言わなかった。照明を節約した薄暗い店内なので、新刊書がピカピカに立ち上がってこない。中央カウンターはいつも閉じられ店員はほかの作業中。店員がいくら矜持をもっていても、時間がゆっくり流れるレトロな空間であった。

 

廃業で大騒ぎしたのはメディアと客の郷愁に過ぎなかったと思う。帆船のペン画の二つのブックカバーがなつかしく、いとおしいと思うように。

 

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2013.02.26

全索引

Zensakuin2013_2
平成引用句辞典全索引

★気になるフレーズ/ココログ版 2004.08~2011.10

◆気になるフレーズSecond /ココログ版 2008.09~10

■平成引用句辞典/FC2版 2011.10~2013.02

●新・平成引用句辞典/FC2版 2013.02~

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