15/ミステリアスにつき

2017.04.07

村上春樹★騎士団長殺し――第1部 顕れるイデア編

201704071

 

 騎士団長はしばらく腕組みをして考えていた。それからを細め、口を開いた。

 「歴史の中には、そのまま暗闇の中に置いておった方がよろしいこともうんとある。

 正しい知識が人を豊かにするとは限らんぜ。客観が主観を凌駕するとは限らんぜ。事実が妄想を吹き消すとは限らんぜ」

 「一般論としてはそうかもしれません。〔…〕彼が知っているとても大事な、しかし公に明らかにはできないものごとを、個人的に暗号化することを目的として、あの絵を描いたのではないという気がするのです

 

騎士団長殺し――1部 顕れるイデア編|村上春樹|新潮社 |201702| ISBN:  9784103534327 |◎=おすすめ

 当方は100万人の村上春樹ファンの一人で、新作がでたら読む。だがコレクターではなく、再読もほとんどしない。そこで本書は、ヤフオクで買い、読後またヤフオクで売った。差引1500円の負担は、大きいか小さいか。

 それはさておき村上作品としてはこれまででいちばん面白かった。このところずっとノンフィクションばかり読んでいたので、久しぶりに村上ワールドの物語に引き込まれ、その世界を満喫した。3.11の被災地の町、南京虐殺やウィーンでの反ナチの地下抵抗組織の話も出てくるが、そして同時にクラシックやジャズのレコード、服装や食事やセックスや車の描写が多発するが、当方はまったく関心がない。

 ついでにその車のことに触れると、古いプジョー205、白いスバル・フォレスター、銀色のジャガー、赤いミニ、黒いインフィニティ、黒い旧型ボルボ、ブルーのトヨタ・プリウス、トヨタ・カローラ・ワゴンが登場する。

  当方の関心はいつものように卓抜な警句と、意表を突く比喩である。ただ今回は「というか」という表現が多発したり、警句も比喩もいまいち精彩がない。しかし以下、そのコレクション。

*

 ときどき自分が、絵画界における高級娼婦のように思えることがあった。私は技術を駆使して、可能な限り良心的に、定められたプロセスを抜かりなくこなす。そして顧客を満足させることができる。

*

「結婚して15年以上になるし、子供も2人いるし、私はもう新鮮じゃなくなってしまったのよ」

「ぼくにはとても新鮮に見えるけど」

「ありがとう。そう言われると、なんだかリサイクルでもされているような気がしてくるけど」

「資源の再生利用?」

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 原因のない結果はない。卵を割らないオムレッがないのと同じように。

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 私の知る限り画家というのは誰しも、多かれ少なかれ手元に絵を抱え込んでいるものだ。自分の絵があり、他の作家の絵がある。知らないうちにいろんな絵画が身の回りに溜まっていく。雪かきをしても、あとからあとから雪が降り積もるみたいに。

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「大胆な転換が必要とされる時期が、おそらく誰の人生にもあります。そういうポイントがやってきたら、素速くその尻尾を掴まなくてはなりません。しっかりと堅く握って、二度と離してはならない。

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「しかし、知っていても知らなくても、やってくる結果は同じようなものだよ。遅いか早いか、突然か突然じゃないか、ノックの音が大きいか小さいか、それくらいの違いしかない」

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 うん、絵描きだから、料理の姿かたちをそのまま再現することはできる。でもその中身までは説明できない。

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「もしその絵が何かを語りたがっておるのであれば、絵にそのまま語らせておけばよろしい。隠喩は隠喩のままに、暗号は暗号のままに、ザルはザルのままにしておけばよろしい。それで何の不都合があるだろうか?」

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「真実とはすなはち表象のことであり、表象とはすなはち真実のことだ。そこにある表象をそのままぐいと呑み込んでしまうのがいちばんなのだ。そこには理屈も事実も、豚のへそもアリの金玉も、なんにもあらない」

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村上 春樹★騎士団長殺し―― 第2部 遷ろうメタファー編

 

201704072

 

「『人に訪れる最大の驚きは老齢だ』と言ったのは誰だっけな?」

 知らない、と私は言った。そんな言葉は聞いたこともない。

  しかし確かにそうかもしれない。老齢は人にとって、あるいは死よりも意外な出来事なのかもしれない。それは人の予想を遥かに超えたことなのかもしれない。

  自分がもうこの世界にとって、生物学的に(そしてまた社会的に)なくてもいい存在であると、ある日誰かにはっきり教えられること。

 

 騎士団長殺し――2部 遷ろうメタファー編|村上春樹|新潮社 |201702| ISBN:  9784103534334 |評価=◎おすすめ

 36歳の肖像画家「私」、妹小径、妻ユズ、隣人免色渉、親友雨田政彦、その父の画家雨田具彦、中学生秋川まりえ、その叔母笙子など、登場人物は多くなく、魅力的な人物も少ない。

 しかしイデアが形体化し、飛鳥の衣装をまとった体長60cmの騎士団長となって現れる。また「顔なが」として現れるメタファー。まことに興味深く、村上作品の世界を満喫した。

 上巻に続いて、卓抜な警句と、意表を突く比喩(しかし今回はいまいち精彩がない)、以下はそのコレクション。

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「実を言うと、私にはジンクスみたいなのがあるんです」、彼女はにっこり笑って栞をはさみ、本を閉じた。

「読んでいる本の題名を誰かに教えると、なぜかその本を最後まで読み切ることができないんです。だいだいいつも思いもかけない何かが起こって、途中で読めなくなってしまう」

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「うちの父親は自分の人生について他人に語るということをしない人だった。〔…〕むしろ地面についた自分の足跡を、箒を使って注意深く消しながら、後ろ向きに歩いているような人だった」

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「理論的には」と騎士団長は言った。「しかしそれはあくまで理論上のことである。現実にはそれは現実的ではあらない。なぜならば、人が何かを考えるのをやめようと思って、考えるのをやめることは、ほとんど不可能だからだ。何かを考えるのをやめようと考えるのも考えのひとつであって、その考えを持っている限り、その何かもまた考えられているからだ。何かを考えるのをやめるためには、それをやめようと考えること自体をやめなくてはならない」

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「しかし若くして伝説になることのメリットはほとんど何もありません。というか、私に言わせればそれは一種の悪夢でさえあります。いったんそうなってしまうと、長い余生を自らの伝説をなぞりながら生きていくしかないし、それくらい退屈な人生はありませんからね」

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「このベッドはきっと遠からず解体するわよね」と彼女は性交の途中、一息ついているときに予言した。「ベッドのかけらなのか、グリコ・ポッキーなのか見分けがつかないくらい見事にばらばらに砕けると思う」

「我々はもう少し穏やかにそっと、ことをおこなうべきなのかもしれない」

*

「ところで、お父さんの具合はどうだった?」と私は尋ねた。

雨田は小さくため息をついた。「相変わらずだよ。頭は完全に断線している。卵ときんたまの見分けもつかないくらいだ」

「床に落として割れたら、それは卵だ」と私は言った。

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 受話器は相変わらずひどく重く感じられた。まるで石器時代に作られた受話器のように。

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 我々の生きているこの世界では、雨は30パーセント降ったり、70パーセント降ったりする。たぶん真実だって同じようをものだろう。30パーセント真実であったり、70パーセント真実であったり。

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「この世界には確かをことなんて何ひとつをいかもしれない」と私は言った。「でも少くとも何かを信じることはできる」

 

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2017.01.20

塩田 武士★罪の声

20170120

 

「何も得られないと考えている私の前で、彼は全てを得たいと話しました。その欲深さに強いショックを受ける一方、変な話ですが眩しく見えたんです。地位を求めるのも、子どもを自慢のタネにしようとするのも、今いる社会を絶対の基盤だと信じているからです。

 だとしたら、まだ自分にもできることがあるんじゃないかと思ったんです。

 つまり、社会に希望を持てなくなっても、希望を持つ者に空疎な社会を見せることはできる、と

 先ほど心に浮かんだ「禅問答」という言葉が廻り、苛立ちを覚えた。金がほしいわけでもなく、権力や資本主義に一矢報いるためでもなく、ただ砂上の楼閣を建てるためだけに青酸菓子をばら撒いたとでも言うのか。

 

罪の声|塩田武士|講談社|2016年8月|ISBNコード:9784062199834 |○

  1984年1985年に起きたグリコ・森永事件は、関西を舞台に食品会社を狙った企業脅迫事件で、犯人「かい人21面相」は逃げ切り、事件は未解決のまま。この事件を扱った小説では高村薫『レディ・ジョーカー』(1997)、ノンフィクションでは森下香枝『真犯人――グリコ・森永事件「最終報告」 』(2007)が知られている。

 大日新聞文化部記者・阿久津英士は、昭和・平成の未解決事件という年末企画に駆りだされる。他方、「テーラー曽根」を営む曽根俊也はひょんなことからカセットテープで小さいころの“脅迫事件”の自分の声を聴く。こうして二人はそれぞれ30年以上も前の事件の真相に迫っていく。

 巻末に作者の言葉がある。

 ――本作品はフィクションですが、モデルにした「グリコ・森永事件」の発生日時、場所、犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、その後の事件報道について、極力史実通りに再現しました。この戦後最大の未解決事件は「子どもを巻き込んだ事件なんだ」という強い想いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思える物語を書きたかったからです。

 当方は、当時食い入るように新聞を読み、推移を追ったものである。「まづしいけいさつ官たちえ」といった大阪弁のきょうはく状、キツネ目の男、警察の失態など、これが“劇場型犯罪”か。どんな小説や映画よりも現実が上回ると。

 しかし本書の作者は1979年生まれ。事件時は6歳である。当時の資料をあさり、関係者から聞き取りし“事実を再現”したのち、作者独自の犯人像を創造した。2016年版の「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位など、評判がいい。

 だが、当方は読んでいて作者が創造した犯人のフィクション部分よりも、事件を再現したノンフィクション部分が圧倒的にスリリングで面白かった。勝てなかった、と思う。

 以下、付け足しだが、塩田武士は元神戸新聞記者。同社での経験を元にしたような“労働組合小説”『ともにがんばりましょう』(2012)は興味深かった。神戸新聞社といえば、いまはもう不動産会社、テナント業が中心で、自治体の指定管理者になるわ、社長は写真付きで紙面に出たがるわ、という状態……。

  だが、「匠の時代」の内橋克人、「カニは横に歩く」の角岡伸彦、「マングローブ」の西岡研介、「誰が『橋下徹』をつくったか」の松本創、とすぐれたノンフィクション作家を輩出してきた神戸新聞である。塩田武士に続いて、若手記者諸君もどんどん飛び出して行ってほしい。

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2016.12.03

小保方晴子■あの日

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 2014年の間に私の名前が載った記事は一体いくつあっただろうか。そしてその中に真実が書かれた記事は果たしていくつあっただろうか。〔…〕

  私個人に対する取材依頼は連日のように来た。「記事化を考えています」「何日までに返事をください」というメールは脅し文句のように感じられた。返事をすると都合のいいところだけを抜粋して記事に使用され、返事をしないと「返答がなかった」と報じられた。

  特に毎日新聞の須田桃子記者からの取材攻勢は殺意すら感じさせるものがあった。

脅迫のようなメールが「取材」名目でやって来る。

 メールの質問事項の中にリーク情報や不確定な情報をあえて盛り込み、「こんな情報も持っているのですよ、返事をしなければこのまま報じますよ」と暗に取材する相手を追い詰め、無理やりにでも何らかの返答をさせるのが彼女の取材方法だった。

 

 あの日 |小保方晴子|講談社|20161 |ISBN: 9784062200127|

  須田桃子『捏造の科学者――STAP細胞事件』(201412月・文藝春秋)は、第46回(2015年) 大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

   当方も、「科学記者として正確さと分かりやすさを心がけ、決してセンセーショナルなとらえ方はしない」として、2015年傑作ノンフィクション・ベスト10に選んだ。毎日新聞は、ノンフィクションを書ける優秀な記者がそろっており、科学環境部の須田桃子もその一人だ。

 しかし気になることがあった。

「あとがき」に、こうある。

  ――今、この原稿を書いている201411現在、STAP問題はまだ終わっていない。〔…〕11月末で小保方晴子氏の検証実験への参加期間が終わる。その結果と、二度目の調査委員会の報告書が、早ければ12月中にも発表されるだろう。ごく最近これまでの認識が覆されるような驚くべき情報も幾つか耳にした。それらの中には、おそらく調査委員会の報告書に登場するものもあるだろう。(須田桃子『捏造の科学者』あとがき)

 書き下ろしの単行本である。新聞記事ではない。なぜあと1と月待てなかったのか。そうすればより完成度の高いノンフィクションとなったであろう。さらに「あとがき」に、文藝春秋の二人の編集者の名前をあげ、7月の執筆打診以来、執筆中も「両氏の一章ごとの感想が大いに励みになった」とある。一章ごとに書きあがると二人の編集者に見せていたのである。

  おそらく文藝春秋の大宅壮一ノンフィクション賞(前年11日~1231日に公表された書籍が対象)ノミネートに間に合うよう編集者と打ち合わせを重ね、1114日に「あとがき」を書き、奥付は1230日発行となった。小保方晴子の検証実験という事件のクライマックスを待てなかった訳である。

 もう一つ、違和感がある。

 須田は自裁した笹井を「科学の醍醐味、奥深さを感じさせてくれる、魅力的な研究者の一人だった」と敬愛をこめて書く。当方のゴシップ的興味は、笹井をめぐる小保方、須田の鞘当てという構図である。

  須田はSTAP細胞発見記者会見の4日前の124日から85日の笹井自裁の2週間前、714日までの約半年間に、約40通のメールのやり取りをしているのだ。その頻度に驚く。笹井メールの文面がいくつか載っているが、親しげに見える。ところが、小保方晴子によれば……。

  ――笹井先生からは、「このまま報道されては困るからできるだけ返答するようにしている。メールボックスを開くのさえ辛い。日々、須田記者の対応に追われてノイローゼがひどく他の仕事ができなくなってきた」と連絡を受けた。(小保方晴子『あの日』)

  須田桃子が小保方晴子『あの日』についてどう語ったかは知られていない。

 

須田桃子★捏造の科学者――STAP細胞事件

 

小畑峰太郎★STAP細胞に群がった悪いヤツら

 

 

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2016.02.08

野口武彦■花の忠臣蔵

20160208

*

〔大石内蔵助がお預け先の細川家から細井広沢にあてた書簡〕

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あの夜同志たちと謀って上野介屋敷へ討ち入り、手向かった家来は斬り捨て、本意のとおり上野介殿を討ち取りました。〔…〕その折、上杉の御人数は討ち出て来ず、半弓その他大勢を防ぐ武器はすべて無用になりました。

*

そのおかさしさに、

*

覚悟したほどには濡れぬ時雨かな〔…〕

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この「おかしさに」という感想はたんに拍子抜けがしたというだけのことだろうか。そうではあるまい。

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ただ予想と違ったというばかりでなく、

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内蔵助は上杉勢が吉良邸に駆けつけなかったことにいたく失望している気配なのである。

*

吉良邸討ち入りがほぼパーフェクトゲーム的に成功したことの結末がこんなふうに穏やかにつくとは、どこか根本的に腑に落ちないものがあった。

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だいだい、いくら袱紗に包んであるとはいえ、上野介の首級を堂々と槍の穂先に掲げているのを奪い返しに来ないというのは道理に合わないではないか。

*

 

■花の忠臣蔵│野口武彦│講談社│ISBN9784062198691201512月│評価=◎おすすめ

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『花の忠臣蔵』(2015)は、歴史ノンフィクションとしてまことにおもしろい。第1に、現代的視点であること。第2に出典資料を現代語訳で引用したこと。第3に、細部が具体的であること。

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本書は、野口版「忠臣蔵三部作」と宣伝されているが、『忠臣蔵――赤穂事件・史実の肉声』(1994)に『忠臣蔵まで――「喧嘩」から見た日本人』(2013)の一部を加えたリニューアル版である。

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 リニューアルの最たるものは、引用資料が現代語訳になったこと。たとえば、浅野内匠頭について、『忠臣蔵まで』では当時の紳士録に、

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――長矩、智有て利発也。家民の仕置もよろしき故に、士も百姓も豊也。女色好む事、切也。

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 とあるのを、本書では、

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――長矩は知恵があって利発である。家民の仕置もよろしいので、武士も百姓も豊かである。女色を好む気持ちが切実である。

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となり、スムーズに読めるようになった。歴史書のたぐいは引用部分が難解で読むのに時間がかかるが、本書では現代語訳でそれをクリアして若い読者に親切である。

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 本書のテーマは著者が「少し長めのあとがき」で自ら「解説」もしているので、ここでは貨幣経済や「片落ち」自力救済には触れない。本書のノンフィクションとしての魅力は、現代の人間がテレビ・クルーを連れて元禄時代へ分け入り、現代の視点で実況するところにある。

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 現代を彷彿させる記述が多い。たとえば、討ち入り事件後、三奉行(寺社奉行・勘定奉行・町奉行)に大目付をくわえた評定所が、浪士に同情的で吉良・上杉両家に厳しい処分の「答申」をする。これなど安保法制審議で国会が招へいした学者全員が「憲法違反」とした事例に似ている。単純短慮の安倍首相=綱吉、小賢しい功臣菅官房長官=柳沢吉保は、あわてふためくの図。

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 赤穂の面々は、堀部安兵衛ら江戸急進派、原惣右衛門・大高源五ら上方武断派、大石内蔵助らタテマエ派、そしてやむを得ぬ事情の脱落者たちに分け、その言動の差異を追うのもリアルである。

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吉良屋敷で最後まで上野介を守ったのは須藤与一右衛門、鳥井利右衛門、清水一学で、これを堀部安兵衛、矢田五郎右衛門、間十次郎が討った。「上野介と思われる人物が脇差を抜いて振りまわすのを武林唯七が一刀で斬り倒した」(本書)。吉良側の死者は上野介を含め17人、負傷者28人、死傷を免れた者101人、大石側は、死傷者0、と細部はノンフィクションらしく具体的。

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 また、三島由紀夫が日本史を飾る三大テロはいずれも雪景色が不可欠だったと、忠臣蔵の討ち入りの夜、桜田門外の変、井伊大老の暗殺の朝、そして二・二六事件を掲げた話を、著者は披露する。そして堀部弥兵衛の辞世の句、「雪晴れて思ひを遂ぐる朝かな」などから、討ち入り時には雪はもう止んでいたという「雑談」を綴るのも一興。なお、浪士には俳人が多く、情報戦で活躍する。

*

 米沢藩当主上杉綱憲は「赤穂一党をひとりも余さず討ち止めよ」と荒れ狂った。が、吉良の喧嘩を上杉が買うのは上意に逆らうことだとの幕府に恫喝に屈する。吉保は儒者荻生徂徠の知恵を借り、赤穂浪士の筋を通し、上杉家の面目を保ち、助命論をも押しつぶす案を採用する。

*

 さて、上掲は世話になった儒者細井広沢へ大石内蔵助が「本意のとおり上野介殿を討ち取りました」という手紙の一部。綱吉、吉保など幕府はどう出てくるかを思いめぐらす内蔵助……。映画や芝居では描き切れない「思い」を、著者は見事に切りとった。

   
 

野口武彦□慶喜のカリスマ

 

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2013.02.12

発掘本・再会本100選★獄門島│横溝正史

20130210

ましてや獄門島のような特殊な島、海賊の末よ、流人の子孫よと、まわりの島々から、排斥されるところからつねに他国人に対して、人一倍はげしい敵意をいだいているこの島で、

もしも事件が起こった場合、警察当局がどのように手を焼くか、それは思いなかばに過ぎるものがあるだろう。

ところがそこに事件が起こったのである!

しかも、ああ、それはなんという恐ろしい事件だったろうか。えたいの知れぬ悪夢のような人殺し、妖気と邪知にみちみちた、計画的な一連の殺人事件、まことにそれこそ獄門島の名にふさわしい、なんともいいようのないほど、異様な、無気味な、

 

そしてまた不可能とさえ思われるほど、恐ろしい事件の連続だったのである。

しかし、これを読まれる諸君が早合点をしてはいけないから、ここに一応ことわっておくが、獄門島とて絶海の一孤島ではないのである。

□獄門島│横溝正史│岩谷書店│1949年//文庫版:角川書店│ISBN:9784041304037│1971年3月│評価=◎おすすめ

〈キャッチコピー〉
獄門島――江戸三百年間流刑の地とされてきたこの島へ金田一耕助が渡ったのは、戦友、鬼頭千万太の遺言ゆえであった。「3人の妹たちが殺される……、おれの変わりに獄門島へ行ってくれ……」
後世の推理作家に多大な影響を与え、今なお燦然と輝く、ミステリーの金字塔!

〈ノート〉
先日読んだ北村薫『読まずにはいられない』(2012)で、横溝正史の『獄門島』は代表作中の代表作である、と絶賛していたので、読まずにはいられない、とさっそく読んだ。手元の角川文庫は奥付に、1971年初版、1996年60版、2002年改版12版とある。

「見立て」をウィキペディアで引いてみると……。
――ミステリー分野では見立て殺人と呼ばれる類別が存在する。例えば横溝正史の金田一耕助シリーズには見立てによる殺人現場がしばしば顔を出す。代表作の1つ『獄門島』では三人の被害者がそれぞれ三つの俳句の見立ての形で殺される。殺した少女の足を帯で縛り、庭の桜から逆さ吊りにしたのは「鶯の身を逆さまに初音かな」(其角)の見立てであった。

他の2句は、芭蕉の句。
むざんやな冑(かぶと)の下のきりぎりす
一つ家に遊女も寝たり萩と月

第1作『本陣殺人事件』(1947年)では、昭和12年、金田一25、6歳の青年だったのが、本書ではニューギニア戦線を経て、昭和21年、34、5歳の金田一は戦友の手紙をもって獄門島に現れる。

『獄門島』は、金田一耕助シリーズの第2作、探偵雑誌「宝石」(岩谷書店)に連載され、1949年に同社から出版された。以来、半世紀にわたり読者を獲得し続けている。

文庫版に「本書中には、今日の人権擁護の見地に照らして、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得た上で、一部を編集部の責任において改めるにとどめました。(平成8年9月)」とある。

一部改めたとあるが、全体の文章は、たとえば句読点を増やす、漢字をひらかなにする、などの手が加えられているのだろうか。横溝特有のおどろおどろしい表現はともかく、戦後間もなくに書かれたと思われない読みやすい文体である。この読みやすさが読み継がれている一因ではないか。

当方が初めて金田一耕助に接したのは、『悪魔が来りて笛を吹く』で、職場の同僚が貸本屋から借りてきたものだった。当時町には貸本屋があり、田舎住まいの当方はうらやましくて仕方がなかった。以来、当方は、明智小五郎よりも金田一耕助のファン。

〈読後の一言〉
最終章で金田一耕助、失恋。「旦那も旦那だ。なにをそのようにしずんでいなさるんだ。東京へ出てごらんなせえ、あんななあザラだ」。

〈キーワード〉
金田一耕助 見立て 俳句

〈リンク〉
横溝正史/新保博久■ 横溝正史自伝的随筆集

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