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2004.09.26

ちょっとばかりの勇気と知恵


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 レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウものの名フレーズをさがすシリーズ。今回は『大いなる眠り』。マーロウ、33歳。1939年の処女作である。訳者は双葉十三郎。いわずと知れた映画評論家である。

 戦後まもなく進駐軍のキャンプから流出したアメリカ将兵慰問用ポケット本を、神田の古本屋や銀座の露店で買い求め、読んで気に入った本は、雑誌に紹介したりしたそうだ。その最初が『大いなる眠り』だったという。

 双葉十三郎の訳文は、ちょっと苦手ですねえ。「はいって戸を閉めな、旅の衆」とか「その拳銃を使えば百年目さ」とか「さよう。拙者すこぶるりこう者でござる」とか。ま、1959(昭和34)年だから、仕方がないか。ご本人も「難しい」と書いている。

「着想、構成、運びの三者を合計したものと同量の魅力が、その行文にある。言葉の使い方、描写、形容に仕方、等にある。つまり、探偵小説としてストーリーを追う以上の興味が、つけ加えられているわけである。逆に言えば、文章を読んでいるだけで面白いのである。ところが、翻訳の場合、この行文の面白さを出すことは難しい。絶対に難しい。不可能といえるくらい難しい」(双葉十三郎「チャンドラアの特殊性」)

 
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 彼女は両耳に細長いひすいの耳飾りをつけていた。すばらしい耳飾りだ。二百ドルはするだろう。その他のものは、何ひとつ着けていなかった。
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 全身がふるえ、顔は花嫁が食べかけたパイのかけらみたいにゆがんだ。が、彼女は重い荷物を持ちあげるみたいな努力で、ゆっくりとその顔をもとのもどした。微笑はもどってきたが、まだ頬はひきつっていた。
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「あなた、マルセル・プルーストみたいに、ベッドの中で仕事をなさるんじゃないの? そんな気がしてきたわ」
「誰ですね。そのプルーストってのは?」
「フランスの作家よ。変質者の目ききには一流だわ」
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「たったそれだけの金で、この土地の警察の半分以上を敵にまわしてかまわんというのかね?」
「僕だって好きでやっているんじゃありませんが、ほかのすることがないからしかたがない。僕は事件をひきうける。つまり生活のために売るべきものを売っているわけです。神様からちょうだいしたちょっとばかりの勇気と知恵と、依頼人を保護しようと歩きまわる熱心さ、それだけですよ」
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 事件の記事は、普通の新聞がのせる記事にふさわしい程度の真相を伝えていた。マース(火星)とサターン(土星)をまちがえる程度の真相だ。
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 映画のギャングみたいに気取ったつくり声だった。映画はギャングをみんな同じ鋳型にはめてしまう。
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「君なんかあっさり消されちまうぜ。偽造の名人の手にかかった小切手の数字みたいにな」
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「ちょっとお」金髪は泣き声をだした。「ジョー。あんた、このなまくら頭があたしをぶじょくしても平気なの? ピストル持っているくせに。相手は葉巻を持っているだけじゃないの」
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 人生は案山子のふところみたいにからっぽに思われた。台所へいき、ブラック・コーヒーを二杯飲んだ。酒以外のもので宿酔を起こすことがある。いまの場合は女どもだ。
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「僕はシャーロック・ホームズでもファイロ・ヴァンスでもない。警察がすっかりさらった現場へいき、こわれたペンかなんか拾い、それから事件を組み立てる、なんて器用なまねはできません」

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