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2004.11.26

今にも時雨を呼びそうな、淋しげな姿である。

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お気に入りフレーズ(39)

釣は運不運があるが、技術と勘がなくては運が向いて来ない。
勘は訓練から湧いて来るもので、これがまた技術に磨きをかけてくれる。
理屈ではそこまではわかっているが、その先がわからない。(略)

今年の夏も下部川はさっぱり駄目だそうであった。
しかし龍太さんは八月中旬ごろ、この川で十五ひき釣った。
場所の選定がうまくなったのだ。勘の働きもいいのだろう。(略)

龍太さんの釣姿については、もう私には言うべき資格がなくなった。
しんとした感じを出している釣りかたである。
今にも時雨を呼びそうな、淋しげな姿である。

――井伏鱒二「飯田龍太の釣」


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井伏鱒二文集 3 (全4巻)ちくま文庫

*読前:「僕は釣が好きである。」 
井伏氏がこよなく愛した釣の醍醐味と、その周囲の自然・風物・人々を温かいタッチで描く。

**読後:★★ 冒頭に、戦後2、3年目に水原秋桜子の紹介で龍太さんを知った、とある。
 飯田龍太略年譜によれば、「昭和28年、講演のため来甲の井伏鱒二氏に会い、爾来交誼を得」とある。
 この年、龍太は33歳、父・蛇笏(68歳)の知人、鱒二55歳である。龍太は、蛇笏の主宰する「雲母」の編集に当るかたわら山梨県立図書館に勤めていた。

 きりりと端正な龍太の句に、釣りを扱ったものがないか、探してみた。
   大粒の雨が肘打つ山女釣  龍太
   釣宿の客の帰りし寒暮かな  龍太
 この客は井伏鱒二と解したい。しかし鱒二もくせもの。「時雨を呼びそうな、淋しげな姿である。」とかっこよく書いた後、こう続ける。「悪く言えばワサビ沢の一本足の案山子みたいだ。」

 釣りの名作とされる「釣魚記」も収録されているが、いっこうにおもしろくない。文体のせいか、私が釣りをしないせいか。

***東郷克美・編『井伏鱒二文集 第3巻 釣の楽しみ』 ちくま文庫・2004.11.10第1刷

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