なんだこの人いつも同じことばかり言っている。
友の一人が私の旧著四、五冊を熱中して読んでいわく
「なんだこの人いつも同じことばかり言っている」。
匿名子応えて言うには「寄せては返す波の音と思え」。
友だち甲斐にかばってくれたのである。
たぶん彼は文を読めと言ってくれたのだろうと私は勝手に解釈している。
――山本夏彦「寄せては返す波の音」『最後の波の音』
*読前:ユニークな視点とエスプリに満ちた文章で、世の中の偽善や正義派のウソを批判し続けてきた稀代の名コラムニストの最後の作品集。
**読後:★★ 「世論」だと、大ぜいが異口同音に言うことなら、眉つばもの。大ぜいが流す涙なら、そら涙。大ぜいが口にする正義なら正義ではない。大銀行大会社大デパート、およそ「大」がつくほどのものなら、悪いにきまった存在。――著者は1960年代から繰り返し繰り返し具体例をあげて書いてきた。初期の「日常茶飯事」「茶の間の正義」「変痴気論」など読んだものだ。
ところが著者が88歳で亡くなり、「最後の作品集」だというので久々に読んでみて驚いた。同じエピソード、同じ具体例を何度も使っている。こういうのは「いつも同じことばかり言っている」とは言わないだろう。自分の書いたものをみずから「盗作」している。さらにそれを同じ本に収録している。
かつて著者はこう書いた。「読者は忘れる存在で、新聞はそれをあてにして書く存在である」。いま「新聞は」を「自分は」に置き換えるべき。この人にしてこうなるのか。無惨。
***山本夏彦「『最後の波の音』文藝春秋・2003.3.15第1刷
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