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2004.12.27

サラリーマン化した出版界にあって、彼の真価が認められたことはなかった。

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しかし、建前のみ、本音を嫌う日本社会、
サラリーマン化した出版界にあって、
彼の真価が認められたことはなかった。(略)

代表作は、
五十代の頃、半生を振り返って綴った自伝『ふざけんな人生』、
長かった編集者生活を回顧しつつ、文壇、新聞、テレビなど、マスコミ批判もたっぷり盛り込まれた
『決定版「編集者」の仕事』あたりだろうか。

――安原 顕「ヤスケン、五流の後進国に死す」『私の死亡記事』

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私の死亡記事  文春文庫

*読前:本人が書いた本人の死亡記事!
「自分が死んだ時の記事を人にまかせられるか!」
本人が書いた死亡記事から見えてくる意外な素顔と死生観。人生を考えさせる傑作。


**読後:★★★
 元本は2000年12月発行、この文庫版までの4年間に、執筆者102名のうち6名が物故者となっている。安原顕もそのひとり。

 各界著名人がみずから書いた死亡記事だが、興味深いのは執筆時から死亡時までの近未来に何をしていたかの記述である。

 ところが安原顕は60代当時猛烈に執筆したとしか書いていない。代表作も90年代後半に書いたものをあげている。天才ヤスケンと名乗り、歯に衣着せぬ毒舌家にしては、なんとも不可思議。

 この執筆から2年後、2002年10月、肺癌のため余命一ヶ月と公表。そして2003年1月に死去。63歳。みずからを語って、「繊細で傷つきやすいA型。理解されにくいけど、ほんとなんだぜ(笑)」。ほんとうだったのかもしれない。

スーパー・エディター安原顕については、中央公論社編集者時代の同僚である村松友視の『ヤスケンの海』(幻冬舎・2003年5月)がある。ヤスケンの海
 
 村松友視は、編集者同士が評論家と作家に分かれていく違いを、鮮やかにこう語っている。
「ヤスケンはしゃべりまくって空間を埋めていくことはできるけど、一句浮かぶってことはないわけ(笑)。何でもないものに対して一つの表現をするってことはできない。ぼくはそういうことが得意で……」
 
***文藝春秋編『私の死亡記事』文春文庫・2004.12.10第1刷


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