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2005.03.02

「あのバアサン、まだ生きているらしいでェ」

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お気に入りのフレーズ(41)


 一九九九年は、齢七十六歳の老女の私にしてはよく動き、よく働いた。
 まずは、二月に「女優 高峰秀子」(別冊太陽)という少々テレ臭いほどの豪華本が出版され、続いて、編者をつとめた「おいしいおはなし」(光文社文庫)が書店に出て、売れゆきもいいらしい。

 老人になったらじたばたせずに、ひと様の邪魔にならないようひっそりと静かに暮らしたい、というのが願いの私は、このところ、テレビ、ラジオ出演はもちろんのこと、誌面への登場なども辞退して、ひねもすウツラウツラと居眠り三昧、結構な毎日を送っていた。

 が、チラリと本などが出ると、「あのバアサン、まだ生きているらしいでェ」ということなのか、世の中人手不足なのか知らないけれど、なにやら身辺の空気がざわついてきて、……〔略〕

―― 高峰秀子「身辺あれこれ・年金化粧」『にんげん住所録』

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にんげん住所録

■ 読前
 亡くなった人のことばかり思い出す此頃です――。
 記された人の名を墨で消すとき、その人の面影が鮮やかに甦る。懐かしく温かな思い出の数々を端正な江戸前の語り口で綴るエッセイ。

■■ 読後  ★★★
 5歳でデビューし、女優業から身をひいた55歳までの50年間に400本に出演した。その後はもっぱらエッセイストとして露出している。そのデコちゃん、1924年生まれだから、現在81歳。筆もやや老いを見せる。

 わたしはリアルタイムでは高校生のころ「喜びも悲しみも幾歳月」(1957)を見ている。その後見た日本初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」(1951)のストリッパー役も色っぽさはなく、「二十四の瞳」(1954)の先生役にもこわいおばちゃんという印象しかない。

 そうですね、NHKの加賀美幸子アナを見ると、高峰秀子ってこんな感じの人だったと思う。こういうイメージの人でもテレビに出ないのは賢明ですね。スターは老いを見せてはいけない。イメージが命である。

 ひたすら回顧録の執筆など時代の証言者にとどまってほしいものだ。しかし高齢社会、かつてのスターがテレビの画面で老醜をさらすのがますます増えるだろうなあ。
    
■■■ 高峰秀子『にんげん住所録』2002.7・文藝春秋

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