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2005.05.07

とにかく俳句命の人生だったのよ。

2005

―― 冨士眞奈美 「春野菜と春一郎」

「俳句ねえ。私は駄目だわ。でもね、義兄が俳句三昧の人だったの。とにかく俳句命の人生だったのよ。家を出て好きな女性とずっと暮らして。もうとっくに亡くなったけど。ああいうの俳人というのかしら」

 H夫人の御主人は四人兄弟で揃って慶応ボーイだが、俳人がいたとは初耳である。私は一瞬、閃くものがあった。

「お義兄さまもホリイって御苗字?」

「そう堀井春一郎っていうの」

「堀井春一郎がお宅の徳さんのお兄様?」

 徳さんとはH夫人の旦那様である。銀座で高名なレストランを経営している実業家ではあるが、俳句とはまったく縁のなさそうな男性だ。あの徳さんが俳句系だったのか。

★★★ 073-huji

 堀井春一郎といえば、復本一郎『俳句とエロス』で、多くのエロティシズム俳句が紹介されていた。正津勉の『恋歌 恋句』によれば、「情痴俳人」である。妻子を捨て、教師という職を捨て、お座敷着のままの湯河原の芸者と、九州小倉へ逃避行。なんともドラマチックな49年の生涯だったようだ。こんな句がある。

*エプロンに無花果の染み同棲す

*こころにも北側ありて崖の石蕗

*鳥雲に女滅ぼす嘘ひとつ

*女と落葉踏みゆくここで笑はねば

*女陰の中に男ほろびて入りゆけり

 

 本書を紹介するのに、どうも引用の部分をまちがったようだ。本書は、衾去(きんきょ)の俳号をもつ女優が俳句のある日日をつづる。『俳句αあるふぁ』に連載したエッセイ。「再独身」の彼女はとにかく明るい。

その衾去の句を三句、掲げる。

*歴戦の肉(しし)犇(ひしめ)きし水着かな

*木枯や灼かれて薄き喉仏

*花曇をんないくとせ子を叱る

■ 冨士眞奈美 『身ひとつの今が倖せ――俳句のある人生』2005.1・光文社知恵の森文庫

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