本売れずただ打水をするばかり
―― 出久根達郎 「古本屋一代」『書物の森の狩人』
*
地名をとって、屋号が山王書房。今は店も、ない。
伝説の古本屋、といってよいかも知れない。文学書の店で知られていた。〔略〕
かたわら加藤楸邨に師事し、作句に励んだ。生前に句集を持たず、亡くなってから編まれた。それが、『銀杏子句集』である。〔略〕
秋灯下亡き人の書と相対す
初版本よわい一つをかさねけむ
書を曝すあるところより読みふけり
春宵や書き入れ本の女文字
招かざる晩年紙魚のより来る
これらは書物愛好家の生活である。ところが次の句となると、これははっきり古本屋のそれである。
「赤い鳥」てふ古き雑誌に秋の陽が
初版本一葉全集売れて六月尽
きさらぎや古書買ふ人のしづかなる
本売れずただ打水をするばかり
古本屋一代ときめ初市へ
*
★★★
「国民防毒読本」、「不審尋問を行ふ秘訣の話」、「耄碌防止法並ニ美貌保存法」、「モダン流行語辞典」、「色情犯罪・性欲より生ずる罪悪史」、「巣鴨」、「魔の上野交番日記」、「三原火口探検記」、「三十六人の好色家」、「宮廷秘歌」、といった大正、昭和の本が紹介される。
著者も、古書店「芳雅堂」のあるじにもどって、いきいきと面白本、奇書、希少本のあれこれをつづる。が、ここではオーソドックスな関口銀杏子『銀杏子句集』を紹介した「古本屋一代」を掲出。
ところで以前、著者の俳句を知りたいものだ、と書いたが、この「古本屋一代」のなかに著者夫婦のこんな会話があった。
「アレアレが口癖夫婦茶碗かな」
「そんな句があるんですか? どなたの作です」
「作というような句じゃない。おれの即興だ」
■出久根達郎 『書物の森の狩人』2001.9・角川選書325・角川書店
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