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2005.05.05

小津の映画は、どちらかというと俳句の世界に似ている。余分なことは、削ぎ落とし、一切、語らない。

2005

―― 出久根達郎 「荘丹」

 壁に、季節の書画を飾ることにする。〔略〕現在は、映画監督・小津安二郎の手紙を、飾っている。手紙は昭和十三年三月二十一日付のもので、戦場から内田誠に宛てたもの。〔略〕

「……お天気がよく討伐がない日ハ、大方築土の土塀の陽だまりで昼寝をします。この陽だまりに牡丹が一本すでに蕾をつけています。この牡丹が咲いてくれゝバ拙句が一つ生まれます。砲声に崩れ落ちたる牡丹かな」〔略〕

 小津の映画は、どちらかというと俳句の世界に似ている。余分なことは、削ぎ落とし、一切、語らない。登場人物のセリフも短く、十七文字のリズムがある。〔略〕

 それはともかく、小津の句を、日記から、アトランダムに拾ってみる。

  寒鯉やたらひの中に昼の月

  水嚢にほこりたまりし夜寒かな

  葉桜や会津大津絵牛車

     三十の誕生日の近けれバ

  わが恋もしのぶるまゝに老ひにけり

  木枯もいとどに濡れて時雨かな

*

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★★

本書は、「俳句研究」に連載された「一句萬象」という「古今の一句に触発された“私の心象風景”を綴ったもの」と、『古本・貸本・気になる本』に記述があり、中味を見ずネットで購入した。その本のなかで、著者の夫人の「繭玉の汁粉男の二人連れ」を、「下戸の二人連れ」の方がよいかもしれぬ、とあった。そのあたりで、著者の俳句のレベル?)を推し量るべきだった。ネットで購入する本は、3冊に1冊は失敗。

   *

以前、著者は父の句、妻の句を引用しながら、なぜ自句を披露しないのだろう、と書いたが、本書にも揮毫をたのまれ自作の句を記した、とある。また、ネットで見ると、『佃島ふたり書房』や『無明の蝶』の「毛筆俳句入署名落款本」が古書店に出ているが、もしや自句ではと思ったりする。が、いまのところ著者の俳句は未発見。

 *

ところで、小津安二郎といえば、「早春」「彼岸花」「晩春」「麦秋」「秋日和」「秋刀魚の味」とタイトルを並べただけでも、歳時記ですよねえ。日記に100句ほど残しているらしい。

 *

  青梅も色づくまゝに酒旗の風

  旅人宿のぼんぼん時計や日のさかり

  鯛の骨のどに立てたる夜長かな

  口づけも夢のなかなり春の雨

■■■ 出久根達郎 『嘘も隠しも』2002.8・富士見書房

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