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2006.11.23

■ 散歩歳時記|佐伯一麦

20061123sanposaeki

聞けば、(海藤)抱壷は山頭火とも深い交わりがあったという。昭和十一年六月二十三日夕、かねてより、肺を患って長い病床に就いている抱壷をぜひ親しく見舞いたいと念じていた山頭火は、念願が叶って対面を果たした。

その日の日記には、「六時過ぎて仙台着、抱壷君としんみり話す、予期したよりも元気がよいのがうれしい、どちらが病人か!/歩々生死、刻々去来。/あたたかな家庭に落ちついて、病みながらも平安を楽しみつつある抱壷君、生きてゐられるかぎり生きてゐたまへ」と山頭火は手放しで思いの丈を誌している。〔…〕

このときの東北までの山頭火千里行の最大目的は、抱壷に対面すること、その胸に飛びつくことにあった、ともいわれる所以である。

同じ「層雲」の俳人だった二人だが、その存在は極めて対照的だった。山頭火は、一生を放浪に暮らし、抱壷は成年後の一生を横臥の中に暮らした。作風もまた、二日酔いの後の自省めいた山頭火の句に対して、抱壷の句は神経の繊細さ、透明さを感じさせる。

けむりのかげさへ雪のしろし

コップの中が水なので静かなり秋

医者のくるを待っている門燈のつらなり

――「抱壷復活」

■ 散歩歳時記|佐伯一麦|日本経済新聞社|200512月|ISBN4532165466

★★

近所の散策で、旅の道すがら―季節のうつりに向けられた清澄なまなざしが写す、現代人の「生」の幸福と哀しみ。大佛次郎賞作家による待望のエッセイ集。

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