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■ まなこつむれば…|吉田直哉

20061216manakoyoshida

話題は、死を目前にした賢治が、いちばん大事なはずのものについて、言いのこした言葉をめぐってであった。病室の畳の上やちがい棚に積んで、推敲をつづけた原稿のことである。〔…〕

政次郎さんは、死の日の朝にその原稿の山をさして、「これはどうする」と息子にたずねた。「もし賢しゅが、本にして出してくれと言ったら、最後の一喝をくらわせようと心にきめておりましたじゃ。しかし賢しゅは、『それらはみんな私の迷いの跡であんすじゃ。どうなってもかまわねえんすじゃ』と答えたので、私はお前もなかなかえらい、とほめました」

断固たる口調で政次郎さんがそう言ったときイチさんが顔をあげて、

「……なあんぼう、そったな、そんたな無情(むぞ)いこと……。賢サは私に、『これらの童話は、ほとけさんのありがたい教えを、いっしょけんめい書いたものであんす。だから、いつかはきっと、みんなよろこんで読むようになるんすじゃ』 と胸はって言いましたす」

と、最後はほんとうに強い調子の抗議をなさったのである。

『銀河鉄道の夜』をはじめとする童話や詩の全作品の原稿について、賢治が両親に言いのこした言葉は、全く正反対だったらしいのだ。

弟の清六さんは、その前夜賢治の様子がおかしいので用心のため病室にいっしょに寝て、こう言われたと話してくれた。「この原稿はみんなお前にやる。もしどこか小さな本屋でも出したいと言ったら、出版さしてくれ。何も言ってこなければ、かまわないでくれ」と。

――「賢サの御両親」

■ まなこつむれば…|吉田直哉|筑摩書房|200001月|ISBN4480814221

★★★

《キャッチ・コピー》

武満徹、司馬遼太郎、山本七平、草野心平、高村光太郎、吉田満…自らも死の淵に立つ間に足早に旅立っていった敬愛する人びとへの悲しみに満ちたレクイエム。類稀なエッセイ集。

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