■ ヤスケンの海|村松友視
そこを共有せぬことに苛立つヤスケンが、性懲りもなく同じ“揉めごと”を起し、同じテーマで怒りつづけるありさまをこうやって辿り直してみると、それがあたかも理想の“文学”“編集者” “読者”を求める、ヤスケンの邪恋の炎のごとく感じられる。追っても追っても、自分と握手のできる相手がいない。にもかかわらず、ヤスケンはつい相手を求めて追ってしまう……そのくり返しという趣きなのだ。同じ色の“揉めごと”の中で、つねに激怒し、傷つき、疲れているヤスケンの袋小路が、切なく痛々しく思えてくるのである。〔…〕
“揉めごと”を道連れとするかのごとく、ヤスケンは一九九二年碁まで、中央公論の中で突っ走りつづけた。『海』においても『マリ・クレール』においても、同じテンションだった。社の幹部に、何人かの作家に、上司に、同僚に……ヤスケンは過剰な期待をしては裏切られることをくり返した。“過剰な期待”といっても、もちろんヤスケンにとっては当り前のことであり、当り前のことが通らぬことが、つねに彼を苛立たせた。
そうやっているうちに、時代感覚が変わって、若い編集スタッフにも愛想を尽かし、袋小路の中では何もできぬと、ついに中央公論社を辞めることになる。“揉めごと”によって辞めたのでなかったのは、彼にとってよかったような気がするが、虚しくなって辞めたという印象が強く、これはヤスケンらしくない色合いだった。
■ ヤスケンの海|村松友視|幻冬舎|2003年05月|ISBN:9784344003477
★★★★
《キャッチ・コピー》
「余命一か月」を宣言し一月に他界した、超毒舌文芸評論家にしてスーパー・エディター安原顕の壮絶な生き様。
「大江健三郎」をぶった切った、あの事件の真相から生涯の理解者まゆみ夫人との過激で麗しい関係まで、文芸誌『海』の編集者時代からの盟友である著者の書き下ろし評伝。愛すべき天才ヤスケンの怒りと笑い、そして涙の軌跡。
■ 超激辛爆笑鼎談・「出版」に未来はあるか?|井家上隆幸/永江朗/安原顕
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