■ わたしの読書作法|山口瞳
私は、その友人には、ずいぶん世話になっていた。一時、金を借りたこともあった。それで、彼と話をしているあいだに、お祝いに何を贈ろうかと考え続けていた。それまでで言うと、入学祝いは、ズックの旅行鞄ということが多かった。〔…〕
私たちは丸善へ行った。二階へあがり、書籍売場へ行った。
「おい、この岩波新書ね、百冊選ぶから、手伝ってくれないか」
いま、岩波新書は三百二十円であるが、その頃いくらだったか忘れてしまった。百五十円だったのではないかという気がする。
「そんなに? そんなにいらないよ」
「まあ、いいじゃないか」
何を買ったか、それも忘れてしまった。たしか『零の発見』を最初に選んだのだと思う。優等生だというし、よその家の子供だから、私は、当りさわりのないようなもの、学校の研究課題に出てきそうなテーマのものを探した。〔…〕
そのときになって、私は、友人の長男が中学に入学したばかりであることに気づいた。まあ、いいや、すぐに高校生、大学生になると思った。
百冊を選ぶのは、相当に骨が折れた。閉店に近くなった。最後は、ちょっと、いい加減になった。〔…〕
夜になって、友人から、電話が掛ってきた。長男は非常に喜んだという。
「重かったろう」
「重いのなんのって……」
――「読書について」
■ わたしの読書作法|山口瞳|河出書房新社|2004年 09月|ISBN9784309016559
★★★
《キャッチ・コピー》
さまざまな本に関するエピソード。師匠ともいえる吉野秀雄や高橋義孝の本への解説、先輩・吉行淳之介の文庫解説、同級生・相馬繁美への推薦序文、後輩・沢木耕太郎へのエールなど魅力満載。単行本未収録エッセイ集第3弾。
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