■ スポーツ解体新書|玉木正之
スポーツは、「優勝劣敗」という生存競争の原則をゲーム化したもので、身体を用いた「遊びの文化」として発展しました。〔…〕
つまり、人類の過去の歴史では、暴力的に力の強い者(じっさいに身体的な力が強い者や、戦争に勝つ道具や兵士を所有している者)が支配者として君臨したのに対して、文明化の歴史とともに、民主制や議会制という制度が生まれ、暴力を用いずに支配者が選ばれるようになりました。
そのような非暴力化(文明化)の歴史のなかで、スポーツという身体文化は、過去の優勝劣敗という暴力的な競争や闘争をゲームとして遊ぶようになった、というわけです。だから、近代において民主主義制度が最初に発展したイギリスで、多くのスポーツ(近代スポーツ)が生まれた、とエリアスは述べています。〔…〕
スポーツは、「勝敗」という結果をもとめて「力」や「技」を競って闘い、それらが秀でている者が勝利を得る、というルールで、一見、暴力的な「優勝劣敗」という思想を主張しているように見えます。が、じつは、それは現実社会での出来事ではなく、ゲームのなかでの遊びであるという事実において、現実社会における暴力(戦争)を否定する思想を展開しているのです。
――第一章 スポーツの現在と未来
■ スポーツ解体新書|玉木正之|朝日新聞社|2006年 11月|文庫|ISBN:9784022615206
★★★★
《キャッチ・コピー》
明治時代に初めて欧米のスポーツに触れた日本では、スポーツ本来の持つ意味はいまだ根付いたとは言えない。そこで、スポーツライターの第一人者が、日本における130年の歴史を振り返り、世界で活躍する日本人選手や五輪等、スポーツを通した日本人とスポーツの未来を提示。
*
| 固定リンク
コメント