■ 天才監督木下惠介|長部日出雄
助監督についた吉田喜重は、東大文学部の同期生で中央公論の編集者になった井出孫六に、ゲラの段階で見せてもらった作品を、「面白い不思議な小説がありますよ」と監督に推薦した。
第一回中央公論新人費の受賞作に決まった深沢七郎『楢山節考』である。
一読して、すっかり気に入った恵介は、すぐにプロデューサー小梶正治を通して製作本部長高村潔の許可を取り、映画化の権利を獲得してもらったが、社長城戸四郎が強硬に反対した。
年老いた親を山に棄てるなどとは、あまりにも酷薄無残であり、松竹映画が長年信条としてきた家族愛、人間愛の精神に反するも甚だしい……というのである。
原作を読んで、アイデアを練るにつれ、どのようなスタイルで映画化するかが固まってきて、のちに明らかになる独自の構想に取り憑かれた恵介のほうも、強く希望して譲らない。
会社側との話し合いのなかで、そのまえに一本、興行的にヒットする映画を作れば……という条件つきで、いちおうの結着をみた。〔…〕
恵介が映画化にあたって考えたのは、原作に漂う民話と伝説の雰囲気と、神話的で象徴的な構造を生かすため、得意のロケーションをいっさい行なわず、おりんの家や村の佇まいは無論のこと、田圃も、山も川も、すべて人工のセットで作り上げ、空は書割で描き、照明は人工のライトのみで、全体のスタイルを歌舞伎の様式で統一するという、まことに途方もない、おもい切った構想であった。
――「第10章 時流に抗して」
■ 天才監督木下惠介|長部日出雄|新潮社|2005年 10月|ISBN:9784103374084
★★★
《キャッチ・コピー》
『二十四の瞳』『カルメン故郷に帰る』『喜びも悲しみも幾歳月』『楢山節考』『笛吹川』…。天才監督の謎多き素顔と全49作品に迫る、著者渾身の傑作評伝。
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