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2007.04.01

■ 天職人――玉木正之と輝ける二十六人|玉木正之

20070401tennsyokutamaki

元来、スポーツには「意味」というものが存在しない。ボールをバットで遠くまで打ち飛ばそうが、脚で蹴ったボールがゴールネットを揺らそうが、槍や砲丸や円盤を誰より遠くまで投げようが、誰よりも速く走ろうが、それ自体には何も「意味」がない。距離を速く移動したいなら自動車や電車に乗ればいい。リングの上で敵の選手を叩きのめしたところで、権力を手に入れることができるわけでもない。

スポーツとは、そのような本質的に「無意味」な営為だから、真剣にやればやるほど必然的に「滑稽さ」もつきまとう。野球の珍プレイ、長嶋茂雄のプレイを例にあげるまでもなく、真剣なスポーツには「滑稽」がつきものだ。が、人々は、それを笑わない。いや、笑いながらも評価する。そして、スポーツマンの一挙手一投足に、心を揺り動かされる。

それは、本質的に「無意味なスポーツ」と、本質的に「意味のわからない人生」とを、無意識のうちに同列視しているからにちがいない。人生を生きる意味なんて誰にもよくわからない。けれど、ひょっとしたら、こんなふうに真剣に取り組むことが人生といえるのかもしれない……。スポーツマンは、そんなメッセージを無言のうちに、身体の動きから発しているように思えるのだ。

――「ザ・グレート・サスケ」

■ 天職人――玉木正之と輝ける二十六人|玉木正之|講談社|2004 01月|ISBN9784062122184

★★

《キャッチ・コピー》

世の中の多くの人々は、自分の「能力」と「職業」を一致させたいと願っている。いまとは異なる分野なら、みずからの“才能”もさらに開花するのではないか…? いまとは別の世界に、ほんとうの“天職”が存在するのではないか…? 本書に登場する人々は、みずからの“才能”を自覚し、それを生かす“天職”を得た「天職人」たちである。

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