■ 謎のマンガ家・酒井七馬伝――「新宝島」伝説の光と影|中野晴行
以前から『新寶島』の正式復刻を望む声はあったのに実現しなかったのは、合作者・手塚治虫が強く拒んだからである。
手塚は新しく単行本化されるたびに、自作に修正を加え続けたマンガ家だ。完全なものを目指すクリエーターの業のようなものだろう。複雑に第三者=酒井七馬の手が入り描き直しが難しい『新寶島』が、手塚にとって「世に再び出て欲しくない」作品だったとしても不思議はない。
そのため、講談社版「手塚治虫漫画全集」では、手塚自身が当時の構想を思い出しながら、もう一度一から『新宝島』を描くという形がとられた。新旧両者を並べれば、それは全く別ものということがわかるだろう。
この全集版『新宝島』の登場は同時に、オリジナル版『新寶島』と原作者・酒井七馬の存在を葬り去ることになった。手塚が望んでそうしたわけではないだろう。が、結果としてそうなってしまったのだ。〔…〕
酒井七馬の存在にいたっては、「手塚治虫と袂を分った後、売れず、最後には餓死した」という俗説を、多くの人が信じていたのである。
果たして、作家には自分の作品や共作者の存在を消し去る権利があるのだろうか。一度世に出た作品は、作者の手を離れて独立した価値を持つ。私はそう考える。ましてや共作者がいる作品をや、だ。私は狂信的な手塚ファンのひとりだが、全集版『新宝島』だけは好きになれないでいる。
――「あとがき」
■ 謎のマンガ家・酒井七馬伝――「新宝島」伝説の光と影|中野晴行|筑摩書房|2007年02月|ISBN:9784480888051
★★★
《キャッチ・コピー》
手塚治虫の単行本デビュー作「新宝島」は、後の有名マンガ家たちからマンガを志すきっかけとなった作品として繰り返し賞賛されている。
が、この作品は手塚ひとりの仕事ではなく、共作者がいる。現在手塚全集に収録されているのは、手塚がリメイクしたもので別作品といっても過言ではない。まるで封印されたかのような共作者こそ酒井七馬である。
手塚と酒井の間には確執があったとも伝えられ、酒井は、コーラで飢えをしのぎ、電球で寒さをしのぎながら失意のうちに死んだと信じられてきた。しかし、それは真実なのか?酒井七馬の知られざる生涯と、「新宝島」誕生の裏側へと迫る。
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