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2007.04.09

■ 迷子の自由|星野博美

20070409maigohoshino

私の理解の中では、写真を撮るとは一瞬を切り取ることである。フィルムで写真を撮る私にとって、シャッターを切った瞬間、写真はすでに存在している。現像していなくても、写真はすでにフィルムの上に存在している。〔…〕「撮ったら残す」とか「撮ったが残さない」という選択はありえない。

たとえどんなにあがりが気に入らなくても、撮ったことをなかったことにだけはできない。それが私にとっての「写真を撮る」という行為の大前提だったし、いまでもそうだ。

撮れた写真の背後には、膨大な量の、思うように撮れなかった写真や、シャッターを切る勇気がなく、存在すらできなかった写真がある。写真は偶然に撮れるが、撮れなかった写真に偶然はない。逆に、撮れなかった写真にこそ、撮る人間の本質が隠されている。

デジタルの世界は私たちの目の前に、「消しますか? あなたが望むなら、なかったことにできますよ」という禁断の選択を提示する消せるものなら、私だって消したい。しかし一度消してしまったら、もう二度とあと戻りできなくなるような気がする。

忘れたくないから撮り、忘れるために消す。人間はずいぶん手のこんだ道具を手にしてしまったものだ。

――「写真」

■ 迷子の自由|星野博美|朝日新聞社|2007 02月|ISBN9784022502537

《キャッチ・コピー》

その日は、朝からなんとなくいい感じだった。迷子になるには最適の日だった…。東京・インド・重慶を迷い歩いた写真×エッセー集。

*

星野博美■ のりたまと煙突

星野博美■ 転がる香港に苔は生えない

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