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2007.05.07

井本農一■ 芭蕉入門

20070507basyouimoto

大垣を立とうとする日の迫った九月四日、大垣藩の重役戸田如水は、芭蕉を自分の屋敷に招きました。如水は大垣藩で千二百石を食む家老次席の身分です。〔…〕

一緒に連句を少し作ったり、短冊に発句を書かせたり、風雅の話をしたりしたあと夕飯を馳走しようとしましたが、芭蕉は先約があるからと固辞して、日暮れ時に帰りました。

戸田如水はその日のことを自分の日記に書いていますが、芭蕉の様子を「心底計り難けれども、浮世を安くみなし、諂(へつら)はず、奢(おご)らざる有様也」と書いています。〔…〕

戸田如水は、俳譜をたしなむとは言っても、芭蕉が他国者だというので表座敷に上げず下屋で内々に会うぐらいに世間の眼を気にする、典型的な、世間的常識人です。その常識人の眼に、芭蕉は「浮世を安くみなし」ている人間として映りました。〔…〕

常識人は世間を大事に考え、生活を第一にします。実事を、現実を重く見ます。これに対して芭蕉は、その正反対です。芸術を第一に考え、生活や、世間を、芸術に従属させようとしています。〔…〕。如水の「浮世を安くみなし」云々という口調には、芭蕉に対する多少の軽蔑と、また多少の羨望の気持がまじり合っているように思われます。〔…〕

上役には時に諂い、下役には暗に威張って生きているのでしょう。もちろん、そうして世の中を大事にして毎日を過ごすことも、千二百石取りなら千二百石取りの重役なりに気苦労の多いことでしょう。芭蕉を見る如水の眼に、多少の軽侮と多少の羨望が入りまじっていたとしても不思議ではありません。

■ 芭蕉入門|井本農一|講談社|199207月|文庫|ISBN9784061581227

★★★

《キャッチ・コピー》

本書は芭蕉の人生行路をひとつひとつの句を追って描いている。芭蕉の俳句への入門書であると同時に、ひとりの男の生き方をも描く、芭蕉研究の第一人者による書きおろし。

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