池内紀■ あだ名の人生
JR 温泉津駅
ただおりおり思いがかすめると、仕事の手をやすめ、小学生の使うような粗末な学習帖に書きつけた。死んだあと、そんなノートが百冊あまり残された。〔…〕
何かあると念仏を口にしたが、悟りすました信者などでなかったことは、つぎのような痛烈な自己告発の言葉からもうかがえる。たしかに才市の言葉だが、表記は本にする際、編纂者が正して漢字を補い、句読点を入れたもの。
わたしや あさまし、泥の暗闇
とりゑなし。
天地の闇で、ぶらぶらと
堕ちること知らずにくらす。ぶらぶらと
世をすごす、このあさましが。
悟りのようなものがみまう瞬間もあったのだろう。才市の手が書いたとおりだと、こんなぐあいだ。
なんともない
うれしうもない
ありがともない
ありがとないのを
くやむじゃない
――「妙好人才市」
■ あだ名の人生|池内紀|みすず書房|2006年12月|ISBN:9784622072690
★★★
《キャッチ・コピー》
オバケの鏡花・狂歌師鶴彦すなわち大倉喜八郎から富士に憑かれたかしく坊、まじない歌人・妖怪博士へ。あだ名で人生をみごと一貫した24人の肖像集成。
《memo》
水上勉に「才市」っていう本があるらしい。
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