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2007.05.09

高木卓■ 露伴の俳話

20070509rohantakagi

○昭和16年(1941年)119

この日露伴は句をぬくことをやめて、左のような奥書をした。

「情真にして姿ととのひたらんは願はし。その然らざるものは人誰かこれを喜ばむ。

十目十指、

公評は敵に在らん」

前述の源平試合のときで、露伴は句集にはこれだけをかき、評はおのおの相手方にまかせよ、すなわち「難陳」でも何でもしあえといったのである。しかしわれわれは、露伴のまえで難陳などしあうにはけっきょく至らなかった。あるいはこのとき出席者が少なくて全体の気勢が何となくあがらなかったのでもあろうか。

いずれにせよ露伴ほどの者が、親戚のありがたさなればこそこれほどいろいろ心をつかって俳譜をおもしろくたのしく教えてくれようとしたのに、われわれはあまりにも不甲斐のない総じて怠惰な弟子どもではあった。

「桃、花、流、水、簸、魚、肥」

この七字を露伴は別紙に横がきに書きつらぬ、その下に選んだ七句をかいた。露伴の娘文子が桃位と肥位とに二句はいったが、娘の句には露伴はとかく点がからかったように私には思われた。

溝川の枸杞(くこ)青みたり春の雨

これがこのとき最高位になった文子の句である。

                ――露伴の俳話

■ 露伴の俳話|高木卓|講談社|1990 04月発売|文庫|ISBN9784061589216

★★★

《キャッチ・コピー》

文豪露伴は、かつて身寄りの初心者を相手に俳句指導の会を開いたことがあった。露伴の甥にして後に東大教授・作家として知られた著者が、自らその筵に列なったときのノオトをもとに露伴の肉声を再現する。

memo

 そのなかに未亡人となった娘・幸田文、幼い孫・青木玉がいた。

*

幸田露伴■幻談

村松友視■ 幸田文のマッチ箱

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