« 小林亜星・久世光彦ほか■ 久世塾 | トップページ | 荘魯迅■ 李白と杜甫――漂泊の生涯 »

2007.05.05

高島俊男■ 李白と杜甫

20070505rihakutakashima

このころ杜甫は、役所を出ると毎日のように曲江界隈へ出かけ、着物を質入れしたいくぼくかの金で酒を飲んではうさを晴らしていたらしい。そのようすをうたったのが<曲江>と題する二首の詩である。「洒債尋常行処に有り、人生七十古来稀なり」という著名な句はその第二首にある。酒代の借りは毎度のことで行く先々にある、どうせ人間七十までも生きられることはめったにあることじゃなし、というような意味である。〔…〕

杜甫が、こんなに自暴自棄的な、デカダンな気分の詩を作るということは、これまでにないことであるし、これ以後にもない。〔…〕杜甫はたしかに満たされず不遇であったのだが、考えてみれば杜甫の生涯は終始一貫満たされず不遇なのである。

であるのにこの時期にだけ杜甫がやけくそで頑廃的であったのは、一つには、仕事がおもしろくないとはいえ一応たしかな職についていて生活が安定していたからであろう。また一つには、多分彼の周囲には、彼のことを気づかってくれ同情してくれる人たちがあったゆえであろう。

以後放浪をはじめてからの杜甫は、とても飲んだくれてやけくそになってなどいられなくなる。〔…〕

毎日酒をのんで、ああおもしろくない、もう何もかもいやになった、とやけくそになることのできたこの時期は、杜甫の生涯の中では、まだしも比較的幸福な時期であったといえるかもしれない。

■ 李白と杜甫|高島俊男|講談社|1997 08月|文庫|ISBN9784061592919

★★★★

《キャッチ・コピー》

現代語訳をこころみ、李白の奔放、杜甫の沈鬱を浮彫りにした意欲作。

memo

本文「出会い」より……

杜甫は李白の強烈で奔放な精神に惹かれたであろう。李白は杜甫の、愚かなほどのまじめさと、周囲の人を愛してやまぬやさしさとに惹かれたであろう。交遊の期間中、二人は、お互いに相手を、自分の最も大切な知己、少くともその一人と感じつづけていたにちがいない。

別れて後の二人の態度にはいささか違いが認められるように思われる。それは、精神が次々と新しい対象を求めて運動してやまぬ李白と、一つことにねばりつきからみついてゆく杜甫とのちがいでもあろうし、どこまでも自分を大切にする自己本位の李白と、自分も他人も含めた、いわば人間本位の感覚から発想する杜甫とのちがいでもあろう。

*

高島俊男■漢字語源の筋ちがい――お言葉ですが…7

高島俊男■お言葉ですが…(9)芭蕉のガールフレンド

高島俊男■三国志きらめく群像

|

« 小林亜星・久世光彦ほか■ 久世塾 | トップページ | 荘魯迅■ 李白と杜甫――漂泊の生涯 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 高島俊男■ 李白と杜甫:

« 小林亜星・久世光彦ほか■ 久世塾 | トップページ | 荘魯迅■ 李白と杜甫――漂泊の生涯 »