三宮麻由子■ ロング・ドリーム――願いは叶う
ただ物心付いたころにはもう目が見えていなかったので、残念ながら美しく装った山を見た記憶がないのである。〔…〕
俳句を始めて数年経ったころ、私は秋の京都を訪れた。そのとき、京都中どこにいても、何かとても良い匂いがすることに気が付いたのだ。どこかで嗅いだことのある植物の匂い、でもその正体はよく分からなかった。〔…〕
私ははっとした。あの匂いだ。それも、街で感じたようなほのかなものではない。深呼吸した私の肺いっぱいに、その匂いははっきりとした爽やかな息吹を満たしたのである。ハッカを吸ったときとは違うけれど、その匂いは一瞬にして体内の邪気を浄化してしまうような清列さをもっていた。
「まあ、見事な紅葉だこと」
下を行く人々が口々に秋の宝物を褒め合っている。そうだ。それは紅葉の香りだった。
山が装うのは、花やモミジの色によってばかりではない。それぞれの季節に放たれる樹々の香りによっても、装うのである。
――「紅葉物語」
■ ロング・ドリーム――願いは叶う|三宮麻由子|集英社|2005年 02月|ISBN:9784087747508
★★★
《キャッチ・コピー》
心で見る世界を瑞々しい感性で綴るエッセイ。
4歳で視力を失った著者は、不自由ながら好奇心いっぱいに生きる日々。紅葉の完熟した香り、相撲の迫力、白神山地の水音など、見えないことで気づく世界を描く。瑞々しい感性のヒーリングエッセイ。
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