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2007.05.17

川本三郎■ 青いお皿の特別料理

20070517kawamotoaoi

 その夜、会社が終わって、一人で道玄坂の居酒屋に行った。

「あら、久しぶりね」とおかみさんが、笑顔で迎えてくれた。開店早々で、カウンターにはまだ他の客はいない。

「このあいだ、うちの庭でダリアがまた、咲いたんだ」

「そう。ダリアは、二度咲きの女王って、いうくらいだから。なにか、いいことがあるかもしれないわよ

それから、おかみさんは、少しいいにくそうに声を落としていった。

「このあいだ、小倉さん、お店の前まで来て、入らないで帰ったでしょう」〔…〕

「申訳ない、ちょっとあってね」

「わたしじゃないの、気がついたのは。大原さんよ。ひとりで飲んでいて『あっ、小倉さん、帰っちゃった。ぼくのこと気にすることないのに』って」

彼のほうが、若い大原くんにいたわられていたのだ。

「いい人よ、あの人、若いのに」

「うん、実は、やっと、彼に再就職の話があってね」

喜んでくれたおかみさんは、熱爛をつけてくれた。その秋最初の酒が、胃に沁みた。

そのとき、ガラス戸が開いた。見ると、大原くんが笑顔で入ってきた。

――「再び咲き」

■ 青いお皿の特別料理|川本三郎|日本放送出版協会|200303月|ISBN9784140054109

★★★

《キャッチ・コピー》

喜び、悲しみ、希望、挫折、思い出、恩義、成長、反省、よい気持、楽しみ、酒、新たなる一歩…「普通」の人々の淡々とした日常のなかに浮かび上がるドラマ。読後、あなたはやさしい気持に包まれるにちがいない。

memo

題名の「青いお皿の特別料理」とは英語のBlue Plate Specialの訳で、アメリカの大衆食堂によくある「本日の定食」のこと。

ひとつのエピソードに登場した主人公が、次のエピソードでは傍役として顔を見せる17の掌編。

*

川本三郎■あのエッセイこの随筆

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