辺見庸■ いまここに在ることの恥
こうした文脈で登場していただくのはまことに恐縮ですが、岩田正さんという立派な歌人がおられます。1924年生まれですから、私よりも20年も先輩の方です。〔…〕
きっと彼は怒ったのです。私はこの岩田正さんは恥を知る、廉恥心の持ち主だと思うのです。さきほど申しあげたマスコミ人とは、いわずもがな、大ちがいです。彼はなんと歌ったか。こうです。「九条の改正笑ひ言ふ議員このちんぴらに負けてたまるか」。もう一度ご紹介します。「九条の改正笑ひ言ふ議員このちんぴらに負けてたまるか」。
「議員」というのは国会議員でしょう。こばかにしたようにへラヘラ笑いながら憲法第九条などもう変えたほうがよい、軍隊保持は世界の常識ですよ……とかなんとか若手議員がテレビかなにかで揚言する。嗤笑しつつ、あるいは、ふくみ笑いしながら、いかにもわかったようなことをいう。それに激怒したのではないでしょうか。
「寝床にてする回想のたどきなし潮の香ひとの香貧の香まじる」。こんな深く静かな歌を詠む方が、怒った。人がほんとうに腹の底から怒ったら、どうしたって瞬時、顔が醜くなる。声も汚くなる。それはいたしかたがないことだな、いや、必要なことだと私は思うのです。かっこよくなんかふるまっていられないときというのがある。
■ いまここに在ることの恥|辺見庸|毎日新聞社|2006年07月|ISBN:9784620317748
★★★★
《キャッチ・コピー》
問う― 恥なき国の恥なき時代に、「人間」でありつづけることは可能か? 恥辱にまみれた「憲法」「マスメディア」「言葉」「記憶」…を捨て身で書き抜く。
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