石井妙子■ おそめ-伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生
「おそめ」が銀座に進出するという話は、瞬く間に東京でも広がった。
誰もが驚愕した。わけても「エスポワール」川辺るみ子の受けた動揺は激しかった。〔…〕
その川辺が上羽秀にだけは最初から、あからさまな敵意を持った。自分とは、まるで違う個性を湛えた秀の登場に、本能的な脅威を感じていた。今度の「おそめ」ばかりは、「エスポワール」の強力なライバルになるだろうという予感。加えて自分の客たちが、秀を箱入り娘かお姫さまのように扱い、応援していることが悔しくてならなかった。
いや、もっと許しがたかったことがある。
川辺には当時、熱をあげた男があった。ふたりの仲は銀座では、よく知られたことだった。男は「エスポワール」の常連客のひとり。だが、よくある銀座マダムとパトロンのような関係ではなく、むしろ川辺が惚れこんで口説き、始まった関係だった。
その男が、よりによって「おそめ」の東京進出を誰よりも強くバックアップしているという。秀にすっかり岡惚れの様子だ、と。川辺は、歯噛みした。
その男の名を白洲次郎、という。
――第三章 木屋町「おそめ」の灯
■ おそめ-伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生|石井妙子|洋泉社|2006年01月|ISBN:9784896919844
★★★★
《キャッチ・コピー》
各界の名士が夜な夜な集った、銀座の伝説のバー「おそめ」。夜の銀座をつくった「空飛ぶマダム」は、元祇園の人気芸妓だった…。「夜の蝶」のモデルといわれる女(ひと)の数奇にして華麗な半生を、徹底した取材で描く。
《memo》
おそめの亭主がまさか俊藤浩滋とは……。
|錦之助侠客伝・続 |
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