村松友視■ 淳之介流 - やわらかい約束
野坂氏はこの頃旺盛な活躍ぶりを示していた。元気な野坂さんとの対談は、体力的にしんどいという気がしたのか、私の申し出に吉行さんは「うーん」とうなってから、
「じゃあその対談のはなし、やわらかい約束にしておこうか」
と言った。
やわらかい約束とは何ですかと問うと、固い約束ではないということ、という言葉が返ってきた。ここで、私は「やわらかい約束」という吉行淳之介流に出会ったのだった。
固い約束ではないいとはどういう意味か。つまり、守らなくてよい約束ということではないか。それは、約束しなかったのと同じことでは……私は、「やわらかい約束ですか」と鸚鵡返しに口走ったまま、しばし茫然として、いたずらっぼく私に目を向ける吉行さんを見返していた。
この「やわらかい約束」なるものが、吉行淳之介の本質の芯と関わっていると感じたのは、しばらくたってからのことだった。
■ 淳之介流 - やわらかい約束|村松友視|河出書房新社|2007年04月|ISBN:9784309018140
★★★
《キャッチ・コピー》
今、なぜ吉行淳之介なのか? 性を通して人間の本質を追究し、文壇の第一線を歩み続けた作家・吉行淳之介。ダンディズムの奥底にあるしたたかな色気と知られざる魅力。
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