うしおそうじ■ 手塚治虫とボク
当時、手塚治虫は『漫画少年』に大長編の『ジャングル大帝』を連載するかたわら、それとは別に『漫画教室』を連載していたことは前に書いた通りである。
この連載の1954年2月号に載ったわずか数コマの絵を目にした福井英一が、手塚治虫に対して烈火のごとく怒ったのである。〔…〕
「きみは『漫画教室』でずいぶん悪意的なことを書いたなあ。ストーリー漫画家はページを稼ぐため、無駄なコマや不必要な絵を描くと言ったあげくに、俺のイガグリを使って悪い例に挙げている。俺の漫画のどこが無意味でどこがページ稼ぎか、言ってみろ」〔…〕
「……あれはイガグリというよりも架空の絵なんだ」
手塚のつぶやきは福井の耳にとらえられてしまい、さらに福井の怒りを買った。
「貴様のそういう逃げ口上はますます許せねえ。ストーリー漫画にはムードが必要なんだ。たとえ雲ひとつでもストーリーが引き立つなら、けっして無駄じゃねえんだ。そんなこたあ、俺よりてめえのほうが合点承知の助だろうが」
手塚は弁解の余地を探したが、たしかに福井の言うとおりであった。福井の人気への妬みが無意識に作用して、してならない卑劣な表現をしたことを反省したのだろう。
手塚は福井の前に叩頭して謝った。そして身から出た錆とはいえ、強烈な自己嫌悪に陥ったようである。ボクはこの「イガグリくん事件」の顛末を馬場のぼるから直接聞いた。
――第六章 福井英一との確執
■ 手塚治虫とボク|うしおそうじ|草思社|2007年03月|ISBN:9784794215673
★★★
《キャッチ・コピー》
1950年代にマンガ家として、60年代にはアニメーターとして活躍した著者が、盟友手塚治虫と、その時代を回想する。
映画界からマンガに転身したアニメーターたち。『鉄腕アトム』にはじまる初期のTVアニメはどのように製作されたのか。『0戦はやと』や『マグマ大使』誕生のいきさつなどを記す。本書は、戦前からの映画人である筆者が綴った、日本アニメーション史でもある。
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