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2007.07.01

五木寛之■ 林住期

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その「林住期」を、より良く生きるために、私たちはこれまで学び、働き、社会に奉仕してきたと考える。青少年時代だけでなく、壮年期もまた、林住期のための長い肋走の期間にほかならない。〔…〕

人間の中心点は、むかしは肚であった。「肚がすわっている」「肚をくくる」「肚におさめて」「肚をわって」などと言うのは、人間の心、思想、感情、本心などが下半身にあると考えられたからだ。

近代になると、中心点が上がって、胸や心臓が重要視された。ハートは心であり、胸にあるとされてくる。

さらに現代では、脳にすべてがあると考えられるようになってきた。悲しみや、深い感情、心のありようも、すべて脳のはたらさとされるようになったのだ。若者中心の文化が主流となったのも、肚→胸→脳と、下半身より上半身へ移ってゆく思想の反映だろう。

私は今を「息があがった」時代、と感じている。肩で息をしている生きかただ。それに対して、「息をしずめる」ことが大事だと考えたい。「しずめる」は「静める」であるとともに「沈める」ことでもある。呼吸を下半身にとりもどす必要があるのだ。〔…〕

それは人生のクライマックスを、「学生期」「家住期」から「林住期」へと移行させることだ。人生をやり直すというのではない。一から始めることでもない。青・壮年期を、真の人生の助走期と考えることである。

■ 林住期|五木寛之|幻冬舎|2007 02月|ISBN9784344012868

★★

《キャッチ・コピー》

古代インドでは、

人生を四つの時期に分けて考えたという。

「学生期」、「家住期」、そして、「林住期」と「遊行期」。

「林住期」とは、社会人としての務めを終えたあと、

すべての人が迎える、もっとも輝かしい

「第三の人生」のことである。

memo

高齢者に迎合したようなエッセイ集。

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