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2007.07.24

森達也■ 東京番外地

20070724moritokyoban

廊下を歩いていたら、旧知の読売の記者から声をかけられた。

「今日は何の取材ですか」

「取材というか、……見学です。今日は何か注目する法廷はありますか」

「午前中は例の立川ビラ撒き事件の判決があったけれど、今日はそれくらいですね」

「逆転有罪、どう思います?」

「…‥・実は多少の予想はあったんです。でもあの裁判長は、リベラルなことで知られている人なんです。だからね、この判決には余計に驚きました」〔…〕

でもおそらくは、個々の記者やディレクターたちの不安や煩悶は、紙面やテレビニュースにはほとんど反映されない。なぜなら不安や煩悶などの曖昧な領域は、報道にはなかなかそぐわない。

読者や視聴者が求めるのは、単純でわかりやすい結論なのだ。明快な述語を使わないと、視聴率や部数はあっというまに激減する。この傾向も、オウム以降とても強くなった。

こうして世論が形成される。気づいたときにはもう遅い。

――第7弾 隣人の劣情をも断じる「大真面目な舞台」

■ 東京番外地|森達也|新潮社|2006 11月|ISBN9784104662029

★★

《キャッチ・コピー》

要塞へと変貌する東京拘置所、静謐な祈りが満ちるイスラム寺院、再開発の喧騒に埋もれる食肉市場…。現代の15の情景を活写した極私的ドキュメント。

*

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