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2007.07.21

皿木喜久■ 大正時代を訪ねてみた――平成日本の原景

20070721sarakitaisyo

そのカレーは大正の中ごろからよく食べられるようになった。特に大正121923)年ごろからは、家庭でも作ることができるカレー粉が販売されるようになり、一般化してくる。

さらに関東大震災後、東京の神田須田町に登場した有名なサラリーマン向け大衆食堂「須田町食堂」では、野菜サラダやカツレツの五銭とともに、ライスカレーが八銭で食べることができた。豚肉などの安い食材を使い、完全に大衆食となっていたのである。

もっともこのころ、イギリスの圧力から日本に逃れてきて、新宿中村屋の相馬愛蔵の娘婿になっていたインド独立運動の闘士、ラス・ビハリ・ボースはこの日本式のカレーが気に入らなかった。

ボースは「印度貴族の食するカリーライスは決してあんなものではない。肉は最上級の鶏肉を用いるのであるし、最上のバターと十数種の香料を加え、米もまた優良品を選んで凡て充分の選択の調えられる最上の美味である」と訴えた(相馬愛蔵『一商人として』)。

こうして、それまでパンや菓子を売っていた中村屋に喫茶部が開設され、ボースの純印度式力リーライスが登場、やがて、中村屋だけでなく東京の名物となっていくのだ。大正末から昭和初めのころのことである。

――大正の三大洋食-「明日もコロッケ」だった時代

■ 大正時代を訪ねてみた――平成日本の原景|皿木喜久|産經新聞出版/扶桑社|2002 12月|ISBN9784594038069

★★

《キャッチ・コピー》

激動の大正時代が今日の日本の命運を決めた!? 個性的で魅力あふれる、14年と5か月。大正時代に惚れる。著者は産経新聞OB

永沢道雄■ 大正時代――現代を読みとく大正の事件簿

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