鹿島茂■ パリでひとりぼっち
「お入り、開いてるよ」
ドアを開けると、壁一面に大きなロートレックのポスターが掲げてありました。肉付きのいい踊り子がこちらに向いて大きく脚を蹴りあげているあのムーラン・ルージュのポスターです。
「おや、あんた、こんなものに興味があるの。これがあたし。手前の男はあたしにダンスを教えてくれた骨なしヴァランタン。あたしも若いときはきれいだったでしょ」
「ロートレックの絵ですね」
「そう、ロートレックさん。チビで変態だったけど、いい人だったわ。ああ、そうそう、あたしね。ロートレックさんのほかにも、絵のモデルになったことがあるの。セーキ・クローダって日本人なんだけど」
「えっ、黒田清輝ですか、外光派の。いまじゃ、日本で一番偉い画家ですよ」
「あら、そうなの。それはよかったわ。日本に帰って出世したんだ。カルティエ・ラタンの下宿で一緒に暮らしたことがあったもんだから、いまごろどうしているかと思って」
そういうと、侯爵夫人は昔を懐かしむように目を細めました。たしかに、ムーラン・ルージュのポスターに描かれた金髪の踊り子の面影が目のあたりには残っているような気がします。
■ パリでひとりぼっち|鹿島茂|講談社|2006年 10月|ISBN:9784062137072
★★★
《キャッチ・コピー》
扉を開けばそこは20世紀初頭のパリ。
往時を彷徨う、極上の愉しみ。
1912年7月12日金曜日。
ぼくは、寄宿舎から身一つでパリの街に放り出された……。
かつてない時代体験小説。
《memo》
たしかに100年前のパリの貧民街を体験できる小説です。
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