吉田修一■ 7月24日通り
私はデキャンタに溜まったコーヒーを、並べたカップに注いでいく。一つ一つゆっくりと注いでいると、なぜかしら昨夜ベッドで読んでいたぺリアの詩の一文が浮かんだ。
それは真っ先に読み始めた「ポルトガルの海」の中にあった詩の一文で、その詩がなんという題名で、どういう内容だったかさえも覚えていないのに、その一文だけがはっきりと声になって頭の中でこだまする。
わたしたちはどんなことでも想像できる、
なにも知らないことについては。
コーヒーを注ぐ手を止めて、実際に声に出して言ってみた。すると、不思議なもので、その前後の文章まですらすらと出てくる。
なにか変わったものがあるだろうか。
わたしたちはどんなことでも想像できる、
なにも知らないことについては。
わたしは心身ともに動かない。なにも想像したくない……
奇妙な体験だった。覚えようとしたわけでもない、たった一度、目で追っただけの文章が、まるでこびりつくように私の頑に残っていた。
私はなんとなく恐ろしくなって、慌てて次のカップにコーヒーを注いだ。
■ 7月24日通り|吉田修一|新潮社|2007年 06月|ISBN:9784101287539
★★
《キャッチ・コピー》
普通の女には、平凡な未来しかないのかな? でも、一度くらいはドラマみたいな恋をしてみたい-。間違ってもいいから、この恋を選ぶ。そう思ったこと、ありませんか?
《memo》
同窓会が開かれた居酒屋をドン・ぺドロ4世広場のカフェと呼んだりして、自分の住む街をポルトガル・リスボンに見立てて暮らしているOLが主人公。漫画化、映画化されたようだが、いかにも“アイデア先行”の小説。引用された上述の詩のフレーズだけが気に入った。
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