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2007.08.13

谷沢永一■ 雑書放蕩記

20070813tanizawazassyo

兄ちゃん、ちょっと、と母がいつもの穏やかな調子で話しかけた。

兄ちゃん、貴方(あんた)、何か考えたはるようやけど、あんまり無理な高望みしたらあきまへんで。芸術家はんとか学者はんとかいう格好(かっこ)ええ世渡り出来る人は、たいてい三代目とか四代目とか血筋の続いた家に生まれはりまんねん。

それに較べて貴方のお父さんは、つい先年(こないだ)、播州の畔道の間から這い出て来はったばっかりや。指先と爪の間に田圃の土がまだこびりついたはる。

貴方はその二代目や。まだ早すぎるかも知れまへんで。それより賢いあんた嫁さん貰うて、良()え子ォ育てなはれ。

昭和8年、川端康成が、「芸術家は一代にして生れるものでないと、私は考へてゐる。父祖の血が幾代かを経て一輪咲ゐた花である」と書いたのを、母が読んでいたとは思えない。

女学校へも行かして貰えず型通り大阪の町娘として育った母が、おのずから身につけた下町の人生智であったろう。

――『えんぴつ』時代

■ 雑書放蕩記|谷沢永一|新潮社|199607月|ISBN9784103845027

★★★

《キャッチ・コピー》

戦中戦後の混乱期にあって、家にいれば読書、外に出れば古本屋巡り…。小学2年生の時の最初の1冊『プルターク英雄伝』から、大学院生時代に感銘を受けた内藤湖南『先哲の学問』まで、39冊の思い出の書を通し、若き日の読書遍歴を回想。

memo

 本に“淫する”とはこのことか。雑書放蕩という名の“自伝”。

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