重松清■ なぎさの媚薬(4)――きみが最後に出会ったひとは
甘いですね。
なぎさはぴしゃりと言って、また笑った。
最初に言ったでしょう? 過去に戻っても、あなた自身の現在はなに変わらないんです。あなたは家族を失って、若い頃の夢や野望も消え失せて、ただ鬱屈したまま惰性で仕事をこなすだけの、うらぶれたフリーライター。それ以外にはありえないんです。
それが現実で……あなたはずっと、現実の中に夢を見ようとするひとたちに冷たい水をかけるような仕事ばかりしてきたんですから……。
ミルク色の霧は、ねっとりとした重みを持ったまま、よく見ると、少しずつ動いていた。川が流れるように、一つの方向に向かって、ゆるゆると、しかし、確かに。
皮肉な再会になります。
なぎさは静かに言った。〔…〕
あなたは、あなたのいちばん会いたくないあなたの姿になって、過去に戻ります。
わかった……。
それは、もしかしたら、未来のあなたの姿かもしれません。
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■ なぎさの媚薬(4)――きみが最後に出会ったひとは|重松清|小学館|2007年 06月|ISBN:9784093796941
★★★
《キャッチ・コピー》
無垢な少女・なぎさの姿に自分の夢を重ねた女、レイコ。キャリアを積んで生きるレイコを実の姉のように慕ったなぎさ。ふたりが渋谷で“死の解逅”を果たした時、その伝説は始まった―。なぎさの秘密がいま、明かされる。『なぎさの媚薬』シリーズ、感動の完結編。
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