五木寛之■ 新・風に吹かれて
年をとるということは、一体どういうことなのか。
体力や体調が低下するのは当たり前のことで、とりたてて話すほどのことでもない。
老眼になり、歯がおとろえ、排泄作用が思うにまかせぬようになる。しかし、そのことには驚きはない。驚くのは、心理というか、精神状態がとんでもなく変化することだ。〔…〕
そこのところをあえて言わせてもらえば、年をとると怖いことが少なくなる。いや、ほとんどなくなるような気がしている。〔…〕
ガンはおそろしいと思いながらも、できれば心臓発作や脳の故障よりもガンのほうがありがたいと思う。まあ、三カ月ぐらいの猶予期間はほしいものだ。そのくらいあれば、他人に見られて恥ずかしいものの処分ぐらいはできるだろう。
友人や知人の死に際しても、それほど大きなショックは受けない。
「あ、先にむこうへ行ったのか」
と、いう感じなのだ。
浄土とか、天国とかいう向こう側が、ひょいと白線をまたげばいけそうな実感があるのである。自動的な心理の麻捧作用かもしれない。なんだか、とても楽になる感じがあるのだ。
――若い世代への今がたり
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■ 新・風に吹かれて|五木寛之|講談社|2006年 07月|ISBN:9784062128483
★★★
《キャッチ・コピー》
いま“風に吹かれて”という生きかたのすすめ。一読快笑、再読苦笑。おかしくて、やがてジンと胸にくる五木エッセイの真骨頂。
《memo》
「風に吹かれて」を読んだのは1968年、まだ20代半ばだった。本書を読む今、60代半ばである。
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