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2007.09.06

鳥越碧■ 兄いもうと

20070906torigoeani

力つきた律はもう逃げることもできず、捕えられたまま打ちゃくされ蹴られ続けた。このまま死んでいくのかと思った時、

「兄さま――」と、我しらず兄を呼んでいた。

坤く律の口から思わず洩れた声に、忠道は手を放して一瞬、躰を硬直させた。

よろよろと後ずさり、律を睨みつけた忠道の憎悪に濁った眼が、ふっと細くなり、苦しげに閉じられた。その瞬間、律は悟った。夫の苦渋に満ちた顔が、すべてを語っていた。

夫は気付いていたのだ。〔…〕

夫も妻も、口にはできない秘密。それを知ってもなお、夫は気付かぬ振りをし続けてくれた。

一秒、二秒、沈黙の時が凍る。

「あなた……」律の眼から大粒の涙が零れ落ちた。

「律!」忠道が走り寄り妻の肩をひしと抱いた。

兄を兄としてではなく慕う、妻の懊悩を知った夫は、律の躰を痛め付けるしかなかったのか。

忠道の暴力こそが、口に出しては言えぬ妻への戒めであったのだ。

抱き合う二人の上に、淡雪が降りしきる。律は知った。ひとりで耐えていたのではなかったのだと。夫も耐えていたのだと。〔…〕

律は、離縁された。一年にも満たぬ結婚生活であった。

*

*

■ 兄いもうと|鳥越碧|講談社|2007 07月|ISBN9784062141505

★★

《キャッチ・コピー》

結核で若き命を散らした俳人・子規。無償の愛で、兄を支え続けた妹の律。死病と闘う日々、兄は妹に何を伝えたのか。生きるとは―今日を諦めないこと。正岡子規を支えた無償の愛。書下ろし長編小説。

*

鳥越碧■一葉

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