矢野誠一/中原道夫■ 衣食遊住がらくた館
気がつけば、家庭の茶の間から振子時計が姿を消してしまった。
むかしは、どんな家にも振子時計があって、一週間に一度とか、あるいは毎日きまった時間に振子時計のゼンマイを巻くのは、家長とか家刀自とか呼ばれるひとの役目であった。
この役目を、「一年分前払い」の料金で引き受ける時計屋のいたことを、『華やかな川、囚われの心』という清水邦夫の小説で知った。いずれにしても振子時計は、核化以前の家族制度の象徴だったような気がする。
「時計の音は喪失、喪失ときこえる」
といったのは、たしかテネシー・ウィリアムズだったと思うのだが、昨今のクォーツと称する水晶時計は、時を刻む音を発しない。いまの子供は「チック、タック」なんて擬音の存在すら知らない。時の流れというものに、「音」のあった時代のことを、私たちはもう忘れている。無言で時間の就縛を受けているのは、なんとなく恐ろしいものである。〔…〕
風格のある振子時計が悠然ときざむ時ばかりは、特別にゆっくり流れてくれているようなのがいい。
――振子時計
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■ 衣食遊住がらくた館|矢野誠一/中原道夫|青蛙房|2001年 09月|ISBN:9784790504115
★★
《キャッチ・コピー》
貧しくはあっても心ゆたかだった昭和の暮しを彩ってくれたなつかしい小道具の数々100点が、いま蘇る。矢野誠一のショート・エッセイに、俳人中原道夫が絵を添えた、ゴージャスでノスタルジックな大人の絵本。
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