山口瞳■ 忘れえぬ人
もう一枚の写真は、私が直木賞を受賞して、川端康成先生の所へ御挨拶に行ったときの写真である。実情を言えば、父が川端先生から借りていた金を直木賞の賞金でもって返しにあがったときのものである。〔…〕
このとき、『伊豆の踊子』の何回目かの映画化で、主役の吉永小百合さんが挨拶に来られた。多分、吉永さんは18歳だったろう。早稲田大学に進学するかどうかで悩んでいた時期でもあった。写真ではわからないが面皰(にきび)だらけの美少女だった。
私にとって、記念すべき特別な一日だった。川端先生は酒を飲まない。だからというわけではないが、写真の右側にある上等のブランデーを私一人で飲みほしてしまった。
少し後のことになるが、川端先生は吉永さんのレコードを一人でじっと聞いていることがあった。「こんな女学生みたいな歌のどこがいいんですか」と訊いたら、先生が即座に「そこがいいんじゃないですか」と答えたことを強い印象でもって記憶している。
――川端家での一日
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■ 忘れえぬ人|山口瞳|河出書房新社|2006年 05月|ISBN:9784309017594
★★
《キャッチ・コピー》
山口瞳ワールドに登場する、さまざまな人びとの想い出を一冊に。単行本未収録エッセイ集。
《memo》
単行本未収録シリーズ。未収録であるからには、それなりの理由があって……。
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