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2007.10.27

リディア・デイヴィス/岸本佐知子・訳■ ほとんど記憶のない女

20071027kishimotohotondo

十二人の女が住む街に、十三人めの女がいた。

誰も彼女の存在を認めようとしなかった。手

紙は彼女に届けられず、誰も彼女のことを語

らず、誰も彼女のことを訊ねず、誰も彼女に

パンを売らず、誰も彼女から物を買わず、誰

も彼女と目を合わさず、誰も彼女の扉を叩か

なかった。雨は彼女の上に降らず、陽は彼女

の上に射さず、夕暮れは彼女に訪れず、夜は

彼女を包まなかった。週は彼女の上を通りす

ぎず、年は彼女の上に明け暮れなかった。彼

女の家に住所はなく、彼女の庭の草は刈られ

ず、彼女の庭の小径は歩かれず、彼女の寝床

は眠られず、彼女の食事は食べられず、彼女

の服は着られなかった。そういったことすべ

てにもかかわらず、彼女は人々の仕打ちを恨

みもせず、その街に住みつづけた。

――「十三人めの女」

*

*

■  ほとんど記憶のない女 |リディア・デイヴィス/岸本佐知子・訳|白水社|2005 11月|ISBN9784560027356

★★★

《キャッチ・コピー》

悪夢的ショート・ショートからリアルな超私小説まで、ちょっとひねくれたあなたに贈る51の短編。

memo

 上述は「十三人めの女」の全文。以下あとがきから……。

――寓話風のものもあれば、詩やエッセイに近いものもあり、旅行記があるかと思えばほとんど寸鉄詩や数学の命題に近いものありと、一人の作家のものとは思えないほど多彩で、一作ごとに異なる趣向が凝らされている。

なかには何かの取扱説明書のように文章に番号が振ってあるものや、いっさいの冠詞が省かれているもの、主語も動詞もないもの、擬古文で書かれたもの、同じ言葉がぐるぐる繰り返されてほとんど催眠術めいているものなど、見るからに異形の物語も少なくない。

岸本佐知子■ ねにもつタイプ

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