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2007.10.30

吉田篤弘■ フィンガーボウルの話のつづき

20071030yoshidafinger

書くことは楽しくて、書けば書くほど、また書きたくなり、つまりは「終わり」に行き着くということがなかった。

包装紙、レシート、カレンダー、名刺……。

彼は身のまわりのありとあらゆる「余白」に〈永遠詩〉を書き継いでいった。同じ速度でゆったり走るように、息ぎれもなく、疲れを感じることもなかった。

ある日、本棚を眺めると、姉の編集による彼の詩集は8冊になっていた。〔…〕

ただ、そのころになると、彼は「余白は余白のままが美しい」と思いなおすようになっていた。

――余白こそが何よりのやすらぎかもしれない。

彼は余白を前にし、はじめてそこに立ち止まってひと息つきたくなった。

そればかりか、余白のただ中に身を横たえ、ただただ眠りたいと願って、事実そのとおりにした。〔…〕

どの本にも「始まり」と「終わり」があり、どの本にも「余白」があるということを、あらためて教えられた。

「そうか――」と、彼は思い当たったのである。

余白を書くということもあるわけだ」〔…〕

余白に書くのではなく、自らが余白をつくり出すとはいかなることか? 

――「白鯨詩人」

*

*

■ フィンガーボウルの話のつづき|吉田篤弘|新潮社|2007 08月|文庫|ISBN9784101324517

★★★

《キャッチ・コピー》

ビートルズの“ホワイト・アルバム”を軸にしてシンクロする過去と現在。16+1の短篇のリンクが「物語」の不思議を奏でる。

memo

 ビートルズ・ファンのための……。

吉田篤弘・文/フジモトマサル・絵■ という、はなし

吉田篤弘■ それからはスープのことばかり考えて暮らした

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