中村うさぎ■ さすらいの女王
「自分より大変な人を見ると、自分のクヨクヨが吹っ飛ぶ」という件に関しては、女王様にも微かに身に覚えがある。
5年ほど前のこと、女王様は自宅の玄関でウンコを漏らす、という人生でもっとも落ち込む失態を演じてしまった。〔…〕
後にも先にも、この時ほど、自分を嫌いになった瞬間はない。42歳にもなってウンコ漏らすなんて、生きてる資格がないわ、とまで思い詰め、何もかも嫌になってベッドに潜り込み、どうやって死んでやろうかと鬱々と思い悩んでいた。
と、その時、枕元の電話がけたたましく鳴ったのである。こんな時間に誰だろう、と、受話器を取ると、
「もしもし……」
友人が、地獄の底から響いてくるような陰々滅々たる声で、
「俺、もう死ぬことにしたから。たった今、手首切った。さようなら」
「な、な、なんじゃ、そりゃ――っ!!!!」
女王様、ガバッと起き上がり、タクシーに乗ってそいつの家に駆けつけ、その後は警察やら病院やらの対応に追われて(自殺未遂って、救急車を呼ぶと警察が来るんですね。知らなかったわよ)、自分のウンコ漏らし事件もその後のクヨクヨも、すっかり吹っ飛んだのであった。
――「鬱も吹き飛ぶ話」
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■ さすらいの女王|中村うさぎ|文藝春秋|2005年 06月|ISBN:9784163671307
★★★
《キャッチ・コピー》
豊胸手術でDカップに変身。 渋谷区
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