林望■ 「どこへも行かない」旅
そしてそれよりも問題なのは、鉄道やバスの旅は風景を見ることができないことだ。いや、見られるかもしれないが、一瞬に通り過ぎてしまうから、じっくりと立ち止まって風景を眺めることも写真に撮ることも、ましてスケッチなどに描くこともどだい不可能である。それでは何も見たことにならぬ。
私は、自分の好きなところで立ち止まって、気の済むまで風景と対話していたい。それにはどうしても車で旅して、しかも自分でハンドルを握っていなくては話にならない。〔…〕
私が美しいと思うのは常に無名の場所である。おそらくその地元の人は「なんでこんなとこが……?」と首を捻るような場所である。
しかし、曲折する細い田舎道を通って、無名の場所を巡歴してみると、ほんとうに古きよき日本の原風景のようなところがどこにでも隠されているのを発見する。そのことが何よりも嬉しい。旅の醍醐味はまさにそこにあるのである。
無名の隠れた名景を探し出してひそかにこれを味わい尽くす、これこそが私の旅に於ける無上の悦びである。
――「見知らぬ町へ」
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■ 「どこへも行かない」旅|林望|光文社|2006年 03月|ISBN:9784334974961
★★
《キャッチ・コピー》
人間、心のねじをいつも巻き上げてばかりはいられない。時には、思い切りゆるめて、心身ともにリラックスしなくては。それには、さあ、旅に出よう。あくせくと何かをする旅ではなくてのんびりと「何もしない旅」へ、いざ!とっておき、贅沢な大人の時間の過ごし方。
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