リリアン・ロス/古屋 美登里:訳■「ニューヨーカー」とわたし―編集長を愛した40年
1970年のことである。ミスター・フライシュマンは、あるものを印刷しないようビルに要請しにきたのだった。ビルはそれを聞いて驚くと同時に、とても憤慨した。
「あるもの」とは、ジェームズ・スティーブンソンが描いたスピロ・アグニュー副大統領とニクソン大統領の諷刺画だった。ビルは、ミスター・フライシュマンに、このまま諷刺画を印刷するつもりだと伝えた。
数日後、ふたりはオフィスの外で会って昼食をとった。ミスター・フライシュマンはビルにこう言った、雑誌があまりにも「政治色の濃いもの」になっていると思うが、それでも社長であり発行人である私は、編集にはいっさい口をだすなと言われなくてはならないのかね、と。
ビルは、穏やかな口調でこう答えた。そのとおりです、それこそ申し上げなくてはならないことなのです、と。
それ以後、ミスター・フライシュマンは二度と編集部へ足を踏み入れることはなかったが、ふたりの友人づきあいはそれからも変わらずに続いた。ビルは、雑誌に口をはさまずに静観するという並々ならぬ精神をもつピーター・フライシュマンを驚嘆のまなざしで見つめ、尊敬し続けた。
それに、ピーター・フライシュマンは、ビルが言うところの「ヴェトナム戦争、ニクソン政権、アグニューの支配、ウォーターゲート事件といったものに対して強硬で危険を省みない態度をとりつづける」雑誌を、絶えず支援してくれたのである。
――第8章 編集長
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■「ニューヨーカー」とわたし―編集長を愛した40年|リリアン・ロス/古屋 美登里:訳│: 新潮社│2000年12月│ISBN:9784105404017
★★★
《キャッチ・コピー》
禁じられた愛。それは編集部で育まれた…。名ルポライターが告白する、あの「ニューヨーカー」に君臨した名編集長、ウィリアム・ショーンとの不倫の日々。米文壇を揺るがしたノンフィクション。
《memo》
ラブ・ストーリーとしてではなく、「ニューヨーカー」の内情、ウイリアム・ショーン編集長とアーウィン・ショウ、J.D.サリンジャー、ジョン・アップダイク、トルーマン・カポーティ、ノマーン・メイラーという作家たちの交遊エピソードの数々。
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