坪内祐三■ 大阪おもい
さて上司小剣の小説「鱧の皮」だ。
物語の主人公の「お文」は、道頓堀の芝居小屋の筋向いにある鰻屋の娘だ。〔…〕
夫から届いた手紙(それは金を無心する手紙だった)を「お文」は叔父の源太郎にも読ませる。
このあたりのやり取りというか小説の構成が見事だ。
〈『ああ、「鱧の皮を御送り下されたく候」と書いてあるで……何吐かしやがるのや。』
と、源太郎は長い手紙の一番終りの小さな字を読んで笑った〉
そして「お文」はこう内省する。
〈『鱧の皮の二杯酢が何より好物だすよってな。……東京にあれおまへんてな。』
夫の好物を思ひ出して、お文の心はさまざまに乱れてゐるやうであった〉〔…〕
小説「鱧の皮」はこのように結ばれる。「お文は、今しがた銀場の下へ入れた鱧の皮の小包をちょっと撫でて見て、それから自分も寝支度にかかった」。この「ちょっと撫でて」という一言に限りない余韻が残る。
――「夫へ送る『鱧の皮』の包を『お文』はちょっと撫でてみる」
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■ 大阪おもい|坪内祐三|ぴあ|2007年 10月|ISBN:9784835616780
★★★
《キャッチ・コピー》
「ぴあ関西版」で連載していたのがエッセイ『まぼろしの大阪』。膨大な量の文芸知識と、街的感性が絶妙に融和した連載は、幅広い層からの支持を得ました。その『まぼろしの大阪』第2弾です!
《memo》
上司小剣(かみつかさ しょうけん)という作家は知らなかった。青空文庫で「鱧の皮」を読むと、大正時代の情緒たっぷりの道頓堀が現れる。「鱧の皮を一円がん送つて呉れえや」という“がん”という大阪弁、酒の“臭気”に「かざ」というルビ、銀場という言葉……。
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